依頼人が残した奇妙な言葉
「この家、私のじゃなかったみたいなんです」。依頼人の女性は困惑気味にそう言って、古い権利証を差し出した。表紙は擦り切れていたが、確かに彼女の父親名義になっている。しかし、登記簿謄本には見慣れない別の名義が記されていた。
「相続登記のご相談ということでよろしいですか?」と尋ねると、女性は首を傾げた。「はい、でも父が亡くなる前に、何かを隠していた気がして……」。サザエさんの波平が妙に静かだった回のような、違和感が胸に残った。
書類に混じっていた謎のメモ
持参された書類の中には、折りたたまれたメモが一枚紛れていた。「分けておいた、真実は登記簿に残る」と、震えるような筆跡で書かれている。まるでコナン君の犯人メモのように不穏だった。
この家にまつわる何かが確実におかしい。その匂いを嗅ぎ取ったのは、勘ではなく、長年司法書士として見てきたパターンからだった。
登記内容との違和感
登記簿を確認すると、確かに父親の名義は途中まで存在していた。しかし十数年前、突如として名義が別人に移っている。その人物は、依頼人の母の旧姓と一致していた。
「生前贈与かもしれないな……」とつぶやくと、サトウさんが静かに首を振った。「贈与なら原因欄に書かれてます。これは仮登記を本登記に切り替えた記録ですね」。
シンドウのうっかりが導いた違和感
どこかで見落としていた。それはいつものことだが、今回は何かが引っかかった。「これ、登記の年月日と印鑑証明書の発行日、逆になってませんか?」サトウさんがポンと書類を指した。
「あれ、ほんとだ……」と情けなく笑ってから、背筋が冷たくなる。これは形式的なミスではない。日付の逆転には、何か意図があるはずだ。
登記原因のズレに気づくまで
本登記された日付と、原因である売買契約書の日付が一致していなかった。それは登記実務ではありえないほどのずれだった。これは偽造か、あるいは何かをごまかすためのトリックだ。
元野球部の勘が騒ぎ始めた。これはただの相続登記ではない。事件のにおいがする。しかも、なぜか不思議とワクワクしてしまう。探偵漫画を読んで育った男の悪い癖だ。
被相続人の過去に迫る
昔の登記事項証明書を法務局で取得した。昭和の時代に一度分筆されていた土地だった。複数の相続人によって、所有権が交錯していた。
その中に、依頼人が一度も聞いたことがない人物の名があった。「この人、誰ですか?」依頼人に尋ねると、「たぶん……母の姉です」と答えた。
消えた配偶者の存在
調査を進めると、被相続人には過去に別の配偶者がいたことが判明した。婚姻届は提出されていなかったが、住民票上の同居記録と子の記載が残っていた。
つまり、この土地にはもう一人の相続人が存在する可能性がある。その存在を隠すために、誰かが登記を操作した。まるで怪盗キッドが予告状で視線を逸らすように。
遺産分割協議書の秘密
「ここ、おかしくないですか」またしてもサトウさんが冷静に指摘する。協議書に記載された住所は、存在しない番地だった。さらに、署名も筆跡が微妙に違う。
筆跡鑑定などするまでもない。司法書士としての目が、「これは誰かが書いたニセモノだ」と訴えていた。
サインが違うという事実
協議書にサインされた名前のうち、一つは筆圧が明らかに違った。さらにインクの種類も微妙に違う。途中でペンを替えたにしては不自然すぎる。
誰かが後から書き加えたのだろう。そう仮定すると、いろいろな辻褄が合い始めた。やれやれ、、、またしても、相続の闇は深い。
シンドウの調査開始
こうなったら徹底的に調べるしかない。元野球部の粘り強さを発揮する時だ。まずは法務局でさらに古い書類を請求した。
次に、司法書士会の同期に連絡をとり、当時の手続きを知る先輩をあたった。時間はかかるが、一つずつ点と点をつないでいく作業だ。
司法書士ネットワークを活用
意外にも、10年前に同じ住所で登記に関わった司法書士が見つかった。彼は丁寧に話してくれた。「あの件、実は私も腑に落ちなくてね……」。
その司法書士が手にした記録には、登記の変更申請が一度却下されていた履歴があった。理由は書類不備だったが、それが今回のキーポイントになる。
事件の裏にあった家族の確執
やがて浮かび上がったのは、依頼人の母とその姉との激しい確執だった。土地を巡って長年争っていたらしい。母はその末に、姉の存在を消し去ろうとした。
その手段が、不正な協議書と登記変更だった。そしてそれを依頼人も知らずに相続しようとしていたのだ。
相続放棄と仮登記の交錯
登記簿に残された仮登記が、それを物語っていた。姉はかつて相続を放棄しようとしたが、正式な手続きはされていなかった。つまり、今も権利を持っている。
しかし、その仮登記は誰にも知られぬように放置されていた。証拠がここにある。司法書士として、そのままにはできなかった。
登記簿が語るもう一つの真実
登記簿は、ただの書類ではない。事実の積み重ねであり、誰も知らない人間関係の履歴書のようなものだ。今回も、それがすべてを語っていた。
分筆された土地の一部には、今も姉の名前がかすかに残っていた。それが、今回の全ての始まりだったのだ。
共有者の一人が語った過去
近所に住む古株の共有者がぽつりと語った。「昔、よくケンカしてたよ。あの二人。裁判沙汰になってもおかしくなかった」。
人の記憶も、登記簿と同じく時間が経てば風化する。しかし、その一言で過去の出来事が色濃く浮かび上がった。
シンドウが導き出した答え
最終的に、依頼人の相続は無効とされた。不正な協議書による登記は抹消され、姉と再度の遺産分割協議が行われることになった。
複雑だったが、真実は明らかになった。シンドウとしての仕事はここまでだ。やれやれ、、、また余計な仕事が増えたな。
本当の相続人は誰か
依頼人も驚きながらも納得した様子だった。「知らなかったんです、本当に……」。だが、それが相続の現実なのだ。
真実は時に人を傷つけるが、それでも隠してはいけない。それが、司法書士という職業の責任だ。
サトウさんの一言が決め手に
「最初からおかしかったですよね。女性の名前が書いてあったのに、みんな“男の相続人”しか見てなかった」。
さすがサトウさん。最後まで冷静だった。見逃したくない一言を、彼女は必ず拾ってくれる。
サトウさんの洞察と行動力
地味だが確実に真相に近づく。サトウさんの存在は、もはや私にとって推理小説の“真の探偵”のようなものだ。
私はただの語り部。いや、うっかり者のワトソンかもしれない。
最後に残されたもの
事件は終わった。だが、またどこかで誰かが登記に嘘を残しているかもしれない。登記簿は黙って、それを記録している。
やれやれ、、、明日もまた、誰かが事務所のドアを開ける音がするのだろう。