ミスした瞬間の胃の痛みは今でも夜中に蘇る

ミスした瞬間の胃の痛みは今でも夜中に蘇る

忘れたくても忘れられないあの瞬間

司法書士という職業は、ちょっとしたミスが大きなトラブルにつながる。わかってはいても、完璧にはなれない。あの日もそうだった。登記申請の添付書類に一枚、必要な資料が抜けていた。それが発覚したのは、法務局からの電話だった。電話口での沈黙、その後に続いた担当者の言葉が、胃の奥にぐっと重たく響いたのを今でもはっきり覚えている。たった数秒の間が、何分にも思えるほど長く感じられた。

電話越しの沈黙が突き刺さる

その日の昼、事務所の固定電話が鳴った。受話器を取ると、法務局の担当者の声。冷静に案件番号を確認されたあと、しばらく沈黙が続いた。いやな予感は的中した。「添付書類に不足がありますね」と言われた瞬間、喉がカラカラに乾き、手のひらには汗が滲んでいた。頭の中では「やってしまった」という声が何度も反響して、謝罪の言葉が喉まで出かかっていたが、うまく声にならない。

「これはまずいですね」と言われたときの絶望

その後に続いた一言が追い打ちをかけた。「これはまずいですね」と、いつもは温厚な担当者の声が少し厳しかった。その瞬間、胃がきゅうっと締め付けられた。まるで誰かに胃袋をわしづかみにされたかのような痛みだった。机の下で手を握り締めながら、「どうして確認しなかったのか」と自分を責め続けていた。冷や汗が背中をつたっていくのを感じながら、なんとか言葉をひねり出した。

頭が真っ白になりながらも謝罪の言葉を探す

こういうときこそ冷静に、とはわかっているが、頭は真っ白。言い訳がましいことを言ってはいけない、と自分に言い聞かせながらも、心は動揺していた。謝罪の言葉を繰り返し、すぐに補正の手続きに移ると伝える。だが、どんなに丁寧に言っても、失った信頼は簡単には戻らない。電話を切ったあと、しばらく動けず、椅子に深く腰を沈めて天井を見上げた。胃の痛みだけが、ずっと体の奥に残っていた。

あのとき自分はどうしていたか

忙しさに追われていたのは確かだが、どんな理由も言い訳にしかならない。提出前に確認したつもりだった。でも、その「つもり」が命取りだった。人間はミスをする。頭ではわかっていたつもりだったが、いざ自分がやらかすと、その理屈は何の慰めにもならなかった。あのとき、もう少しだけ時間を取って、もう一度だけ目を通していればと思わずにはいられなかった。

焦っても手は震えるし声はうわずる

補正の書類を準備しながら、手が震えていた。普段なら何も考えずに書ける文面が、今日はやけに長く感じる。印刷ボタンを押すのにも妙に時間がかかり、何度も内容を確認した。落ち着こうと深呼吸しても、胸の奥のモヤモヤは消えなかった。自分はプロだと、どこかで思い上がっていたのかもしれない。声をかけてくれた事務員さんにも、うまく返事ができなかった。

とにかく謝り続けるしかなかった

翌日、法務局に直接補正書類を持っていった。顔を見て謝るしかないと思った。先方はあくまで淡々としていたが、その無表情が逆に堪えた。「今後は気をつけてくださいね」その言葉が胸に刺さる。うなずきながらも、言葉が喉に詰まりそうになった。何もできない自分、情けない自分。あの時は本当に、司法書士なんて向いていないんじゃないかと思った。

ミスの背景にあったもの

今回のミスには、当然ながら原因がある。表面的には「確認不足」だけれど、その根っこにはいろんな要素が絡んでいた。一人で抱える業務量、慢性的な疲労、ちょっとした油断。どれも言い訳にしか聞こえないかもしれないが、それが現実だった。自分ひとりの限界を、あのとき初めて真正面から思い知らされた。

確認しなかったわけじゃないのに

実際、書類には目を通していた。でも、それは「見たつもり」だった。細かいところまでは見きれていなかったのだ。締切に追われていたこともあり、「大丈夫だろう」で済ませてしまった部分があった。あとから考えれば、ほんの数分でも立ち止まっていれば防げたミス。でもその数分すら、当時の自分には余裕がなかった。それが悔しくて仕方がなかった。

「見たつもり」になっていた自分への怒り

「ちゃんと確認したじゃないか」と、自分を責めた。でも、それは確認ではなく「確認した気になっていただけ」だった。経験を重ねると、慣れが出てくる。慣れは確かに効率を上げてくれるが、油断をもたらすこともある。今回は、まさにその落とし穴にはまった。「俺なら大丈夫だろう」と思った慢心が、胃の痛みという形で自分に返ってきた。

一人事務所の限界を感じた日

忙しさにかまけて、「この程度なら一人でどうにかなる」と思っていた。でも、限界はとうに来ていたのかもしれない。確認も一人、作成も一人、提出も一人。誰かがもう一度見てくれていれば気づけたかもしれない。そんな「たられば」が頭をよぎる。でも、それを言い訳にしてはいけないという気持ちもあって、また自分を責める。この無限ループが、さらに胃を痛めつける。

事務員さんのフォローに救われたこと

そんな中で、唯一の救いだったのが事務員さんの存在だった。普段は無口で淡々としているが、あの日は違った。電話を切った直後の自分の顔を見て、何も言わずに温かいお茶を出してくれた。言葉よりもその行動がありがたくて、少し涙が出そうになった。

「大丈夫です」と言ってくれたのに泣きそうになった

補正の書類を印刷しているとき、ふと隣から声が聞こえた。「大丈夫です、すぐに対応すれば問題ありませんよ」その一言にどれだけ救われたか。事務員さんのほうが年下なのに、まるで上司に励まされているような気分だった。そうか、自分は一人じゃなかったんだと思った瞬間だった。

感謝と申し訳なさでぐちゃぐちゃになる

感謝してもしきれない。でも、同時に申し訳なさもこみ上げてくる。自分のミスで事務所全体に迷惑がかかっている。その現実が、重たい。ありがとう、ごめんなさい、またありがとう。そんな気持ちがぐるぐると交錯していた。これ以上同じことを繰り返したくない。そう強く思った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。