登記の相談に訪れた男
雨の降る午後、事務所のドアがきしむ音とともに中年の男が姿を見せた。背広はよれよれ、靴は泥にまみれていたが、手にしていたのは真新しい登記簿の写しだった。 「名義変更をお願いしたくて」と言いながらも、目は泳いでいた。 何となく、だが、ぼんやりと嫌な予感がした。経験からくる勘というより、空気のように濁った違和感がそこにあった。
身元のあやふやな依頼人
提出された本人確認書類は、確かに有効なものだった。だが、その住所と連絡先には妙な既視感がある。 「この番地、どこかで見たことがあるな……」 机に置かれた資料をぼんやり見つめていると、背後から冷たい声が飛んできた。
サトウさんの冷ややかな視線
「それ、前に虚偽申請で引っかかった住所ですよ。記録残ってます」 サトウさんはすでに調査を終えていたらしい。モニターを指差しながら、淡々と説明するその姿は、まるで探偵漫画の助手が真犯人を見抜いたかのような雰囲気だ。 「やれやれ、、、もうちょっと早く言ってくれればいいのに」
名義変更に潜む違和感
対象の不動産は郊外の古い空き家だった。だが、権利関係はやけに複雑で、直近の名義人が突然現れたような形跡がある。 「この変更、普通じゃないですね」 サトウさんがそう言うと、机の上の資料がさらに重く感じられた。
古い登記簿との矛盾
過去の登記簿を追っていくと、10年前に所有者として登録された人物が、その後まったく登記を動かしていない。だが、数ヶ月前の登記では、その人物が「売却した」とされていた。 おかしい。所有者が行方不明なのに、誰が売却したというのか。 これは、誰かが意図的に筆を入れたと考えるべきだろう。
消された前所有者の痕跡
念のため法務局の職員に問い合わせてみると、「実は同じような相談が最近ありまして」と返ってきた。 どうやら他にも、所在不明の所有者が勝手に売ったことになっている事例がいくつかあるようだ。 サザエさんで言えば、波平が勝手にカツオの漫画ノートを売ってたくらいの筋の通らなさだ。
司法書士会からの内密な連絡
夜、私のスマホに司法書士会から連絡が入った。 「最近、虚偽登記が複数件報告されていまして……」 まるでマンガの組織犯罪のように、複数の司法書士を使って登記を偽装しているグループがあるという。 当然ながら、我々のような善良な(たまにうっかりする)司法書士も巻き込まれる可能性が高い。
過去の案件との奇妙な一致
ふと思い出して、数ヶ月前に取り下げた案件ファイルを引っ張り出した。 「あれ、これ……名前も住所も今回と酷似してる」 単なる偶然か、あるいは——。思考の中に、黒い糸が一本通ったような気がした。
サトウさんの静かな推理
「司法書士って、こういう時に面白いですね」 サトウさんはいつも通りクールにそう言って、筆跡照合の資料を黙々と比較しはじめた。 まるで、怪盗が残したメモからヒントを読み取る探偵のように、彼女は一つ一つの曲線に意味を見出していく。
登記記録の筆跡照合
結果は明白だった。 今回提出された登記申請書の署名と、過去のものでは、筆跡が明らかに異なる。 そして一部の文字にだけ、特定の書き癖が残っていた。それは、以前虚偽登記で指摘された人物と同じものだった。
うっかり司法書士の逆転劇
私は資料をまとめ、依頼人に電話をかけた。「お話があります。登記の件で、少し確認したいことがありまして」 電話口の向こうで、男の声が一瞬詰まった。沈黙。それが答えだった。 「やれやれ、、、やっぱりこうなるか」
やれやれの一言と逆転のヒント
警察に連絡し、証拠をすべて引き渡した。件の依頼人は、すでに別件で捜査対象になっていたらしい。 私は相変わらずのうっかり司法書士だが、今回はサトウさんのおかげで助かった。 とりあえず、夕飯はコンビニ弁当でも奢っておこう。たぶん、断られるけど。
真実の登記と虚構の罠
翌朝、私は事務所のシャッターを開けながら、ふと登記簿を見つめた。 あれだけ緻密に作られていた嘘が、たった一文字の筆跡で崩れるのだから、人の欲と罪は紙一重だ。 そしてまた今日も、新たな登記がやってくる。
最後に残された空欄
サトウさんが言った。「ところで先生、この委任状、まだ日付が空白ですけど?」 ……やれやれ、、、今度は自分のうっかりか。