もうひとりの戸籍の男

もうひとりの戸籍の男

遺産相続の相談に現れた兄弟

静かな午後、二人の男が現れた

あの日の午後、サトウさんが「予約なしですよ」とつぶやいたそのとき、二人の男が戸を開けて入ってきた。どちらも五十代くらいで、雰囲気は似ているようで似ていなかった。「父が亡くなりまして、相続の件で」と、ひとりが封筒を差し出してきた。

謄本に記された不自然な記述

書類の中にあった謎の違和感

差し出された戸籍謄本を見た瞬間、胸がざわついた。確かに亡父の欄には名前が記されていたが、別紙に添付された除籍謄本には、同じ生年月日、同じ住所で、まったく異なる名前が載っていた。これは偶然か、それとも、、、

サトウさんの即断と推理

「これ、典型的な二重戸籍ですね」

「これ、二重戸籍の可能性ありますね」とサトウさん。俺は思わず聞き返した。「え?そんなのあるの?」「まれにあります。古い時代に不正に作られたケース。サザエさんで言えば、波平さんが実は双子だった、みたいな感じです」不謹慎に笑ってみせたが、背筋が寒くなった。

もう一人の“本人”の正体

身元を乗っ取られた人生

調査の結果、どうやら父親は戦後まもなく、本来の身分を捨てて他人の名を騙って生きてきたようだった。除籍謄本にあった名前の人物は、実際には数年前に死亡していたはずだった。だが、生きていた。いや、生き延びていた、というべきか。

本当の父はどちらなのか

兄弟の絆が揺らぎ始める

「俺の父さんは誰だったんだ?」と兄が叫ぶ。「こんなのインチキだ!」と弟が返す。戸籍上の父と実際の血縁者が違う。それを知った瞬間、二人の間に見えない亀裂が走った。書類では割り切れないものが、そこにはあった。

通帳に残されたもうひとつの名義

眠る資産と偽名の証拠

古い通帳が出てきた。名義は、戸籍上では存在しない名前だった。しかし印鑑証明もついていた。「どちらも本人が生きていたってことだ」と俺は言った。「ひとりの人間が、二人の名前を使ってた。まるで怪盗二十面相だな」

真相を語らぬ母の沈黙

鍵を握るのは認知症の母

唯一、真実を知るであろう母親は施設にいた。認知症が進行しており、会話は成立しなかった。だが彼女がずっと大切にしていた古いアルバムと、父宛ての手紙が残っていた。「どんな名前でも、あなたはあなた」と、そこに書かれていた。

シンドウの最後のひらめき

記録と事実のはざまにあるもの

「戸籍ってのは、あくまで記録だ。でも、人の人生は記録じゃ語れない」俺はそう言って、机に肘をついた。「やれやれ、、、また面倒な相続だよ」そんな俺を見て、サトウさんが無言でうなずいた。彼女の目だけが鋭く光っていた。

被相続人の正体は誰だったのか

最後に残されたひとつの名

調べ上げた結果、兄は実子で、弟は父の養子だったことがわかった。ただし、その事実は正式に登録されていなかった。父が生きるために選んだもうひとつの名前。その上に築かれた家族。その全てが、今崩れ落ちようとしていた。

法律上の解決と人間としての答え

兄弟が選んだ和解の形

最終的に、法的には兄に全ての相続権があると判断された。しかし弟は、「俺はそれでいい。俺には兄がいればそれでいい」と言った。戸籍が語らない絆。それが確かに存在したのだ。

事件後に訪れた奇妙な依頼

終わりのようで、始まりの気配

数日後、ひとりの女性が事務所を訪れた。「戸籍に、不思議な記載がありまして…」と語り出した。俺は思った。戸籍に潜む影。それは、まだまだ続いているのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓