なぜ、職業を聞かれると身構えてしまうのか
普段、名刺を差し出すことに抵抗はないのに、ふとした日常の会話の中で「お仕事、何をされてるんですか?」と聞かれると、なぜか一瞬言葉が詰まってしまう。司法書士という職業に誇りはあるけれど、それを口にした瞬間に流れる微妙な空気に、何度も気まずい思いをしてきた。そんな経験の積み重ねが、いつのまにか「答えることの怖さ」を生んでいるのかもしれない。
「司法書士です」と答えたあとの微妙な空気
何気なく「司法書士です」と口にすると、たいてい相手の反応は「へえ〜」で終わる。そこから会話が続くことは稀で、下手をすると「あ、よくわからないけど堅そうな仕事だね」と勝手に遠ざけられてしまう。仕事の内容を深掘りしてくれる人は滅多におらず、まるでこちらが壁を作ったかのような雰囲気になってしまうのが、なんとも切ない。
話が広がらない、むしろ終了する
ある日、婚活パーティーで「司法書士をしてます」と言った瞬間、相手の女性の表情がすっと硬くなったことがある。「へぇ〜…」とだけ返され、それ以降、ほとんど話が続かなかった。弁護士や税理士と違って一般的な知名度も低いせいか、単なる”地味な士業”として処理されることが多い。肩書きだけで、人となりまで判断されてしまうような寂しさを感じる。
「それって弁護士とどう違うの?」の一言で終わる会話
「それって弁護士とどう違うの?」という質問を受けるたびに、何百回目の説明だろうと思う。でも、説明を始めた瞬間、相手の目が泳ぎ出すのも分かっている。例えて言うなら、お寿司屋でシャリとネタの違いを必死に説明してるような気分だ。相手は「まあ、細かいことはいいや」と思っているのが伝わってきて、こちらもそれ以上言えなくなってしまう。
勝手にお金持ち扱いされる違和感
もう一つ多いのが、「すごいですね、儲かってそう!」という無邪気な一言。ある程度安定した仕事ではあるけれど、実際は日々の売上に不安を抱えながら働いている。それを知らずに「楽で安定してていいね」なんて言われると、思わず「じゃあやってみる?」と返したくなる。表面だけ見て決めつけられることの息苦しさは、なかなか消えない。
「儲かってそうですね」と笑顔で言われても苦笑いしかできない
とある飲み会で、「司法書士って、やっぱり儲かってるんでしょ?」と明るく聞かれた。こちらはその日、書類の不備で依頼人からきつく叱られ、報酬の減額も喰らっていたばかりだった。だからこそ、その言葉が余計に刺さる。儲かってるように見えるのかもしれないが、毎月の経費や人件費、突発的な案件対応など、地味に削られていく現実を知ってほしいと思った。
本当は誰かに話したい。でも話せない仕事の中身
仕事には山のように語れることがある。だが、語ろうとすると「難しそう」「興味ないかも」と言われてしまう。専門性が高いがゆえに、日常の話題としては成り立たないことが多い。結果として、日々のストレスや苦労を誰かと共有する機会がほとんどない。それがまた、孤独を深めていく。
登記、相続、裁判書類…どこから説明すればいい?
登記手続き一つとっても、その背景には依頼者の複雑な事情がある。相続登記では家族の葛藤が浮き彫りになり、裁判書類の作成では、法律の言葉と依頼者の心情の翻訳に追われる。でも、そういうことを一般の人にどう伝えればいいのか。話し出す前から、「うわ、面倒くさそう」と思われる未来が見えてしまって、口が閉じてしまう。
専門用語を出した瞬間、相手の目が死ぬ
例えば「法定相続情報一覧図」とか「登記事項証明書」といった単語を出した瞬間、目の前の人の表情が無になるのを何度も見てきた。まるで宇宙語でも話しているかのような反応に、こちらも引け目を感じてしまう。だから結局、「ちょっと難しい書類の手続きとかしてます」と濁してしまうのだ。
「へえ〜…難しそうですね」で終わる切なさ
話の内容をざっくりでも伝えても、「へえ〜難しそうですね」の一言で会話が終了する。そこには関心も共感もない。ただただ壁が出来上がる音が聞こえるような気がする。この繰り返しが、「もういいや、言わなくて」と心を閉ざすきっかけになっていくのだ。
守秘義務と世間話のあいだで揺れる心
この仕事には守秘義務がある。それはもちろん守るべき大前提だが、だからといって、何も話せないわけでもない。だが、話す内容の取捨選択が難しい。軽い気持ちで話した一言が、信頼を失うことにも繋がりかねないと思うと、つい黙ってしまう。「今日、何かあった?」と聞かれても「まあ、いろいろあったよ」としか言えない日が、どれだけあっただろうか。
話せない内容ばかりで共感も得られない
感情を共有したくても、詳細は話せない。相続争いのど真ん中にいた依頼人の涙や、成年後見人としての葛藤など、本当は誰かに聞いてほしい。でも、その「誰か」にすら話せないのが現実だ。だからこそ、感情の行き場がなくなってしまう。誰かと分かち合うことが難しい職業なんだと、改めて実感する。