序章
猛暑の中の依頼人
その日も朝からうだるような暑さだった。事務所のエアコンは壊れかけていて、冷気というより音ばかりが存在を主張していた。そんな中、汗だくの男がドアを開けてきた。
「亡くなった兄の遺言について相談したい」と彼は言った。お決まりの相続案件かと高を括っていたが、話はどうにも引っかかる部分が多かった。
亡くなった男と謎の遺言書
故人は一人暮らしの高齢男性で、兄弟とも疎遠だったという。ところが亡くなる直前に自筆の遺言書が作成され、それが法的にも有効と見なされていた。
「兄は文字もろくに書けなかったんです」と依頼人は言う。私はその言葉に、妙な違和感を覚えた。となれば、誰が書かせたのか。
調査開始
登記簿から読み解く過去
私はまず、亡くなった男性の不動産登記簿を取得した。すると十年前に奇妙な仮登記が一度入っていたことが判明する。それはすぐに抹消されていたが、どうにも気になる。
名義は変わっていないが、何者かが不動産を狙っていた形跡がある。十年前の記録は、今に繋がっているように思えた。
サトウさんの一刀両断
「これは明らかにおかしいですね」とサトウさんが言う。彼女の目は鋭く、すでに事実の一端を掴んでいるようだった。私は彼女の意見に乗ることにした。
「やっぱりあんた、司法書士じゃなくて探偵やった方が良かったんじゃないですか?」と塩対応。やれやれ、、、暑さと皮肉のダブルパンチに私はタジタジだった。
周囲の証言
隣人が語る最後の夜
故人の隣に住んでいた老婆が、「亡くなる前に誰かが家に来ていた」と証言した。深夜に物音がして、ガサガサと紙の音がしていたという。
「それが最後だったねえ」と寂しそうに笑ったその顔に、彼女自身も何かを後悔しているような雰囲気が漂っていた。
介護士の曖昧な記憶
介護士はあまり多くを語らなかったが、「あの人、最近まで何かを怖がってました」とだけ言った。遺言書の作成時にも、誰かが同席していたという曖昧な証言。
まるで、口をつぐむように。だがその沈黙が、逆に事の重大さを際立たせていた。
遺言書の真偽
筆跡の違和感と日付の矛盾
筆跡鑑定を依頼したところ、遺言書の日付と筆跡が一致していないことが判明した。書かれたインクの種類も、故人が持っていたものとは異なっていた。
「あからさまですね」とサトウさんは鼻で笑った。遺言書は第三者の手によって偽造された可能性が高まった。
法務局で見つけた小さな手がかり
私は法務局で古い登記資料を再度調べた。十年前に仮登記を入れていた人物と、今回の遺言書の証人欄に名前が一致する男がいた。
繋がった。名義を奪おうとした男が、今になって再び牙をむいてきたのだ。
意外な人物の登場
名義変更に隠された思惑
男は故人の昔の知人を装い、「面倒を見ていた」と主張した。しかし、その名義変更により多額の不動産利益が得られることが判明。
「情じゃなくて、金ですね」と私が言うと、男は黙った。だがその目は、まだ何かを隠しているようだった。
元妻が残した写真の謎
故人の元妻が残した一枚の写真。そこには例の男と故人が揉めている姿が写っていた。場所は故人の自宅、日付は遺言書作成の前日だった。
これが決定的証拠になった。元妻は既に故人とは疎遠だったが、この写真だけはなぜか処分せずに保管していたという。
真実への一手
サザエさんのようなすれ違い
事件の核心に迫ったと思った矢先、関係者の一人が証言を翻した。まるで波平がカツオを叱ってる最中にタマが横切るような、妙なタイミングでの混乱。
だがそのおかげで、隠された通帳が発見され、最終的な裏付けが取れた。サトウさんは「無駄も役に立つんですね」と皮肉を忘れない。
やれやれと思いながらの推理
私は証拠を整理しながら、「やれやれ、、、」と呟いた。毎回事件に首を突っ込んでは、事務処理が後回しになる。
だが、それでも誰かの人生の闇を照らすことができるのなら、悪くない。そんな思いでまた登記簿を開く。
解決と余韻
本当の相続人は誰だったのか
調査の結果、正当な相続人は依頼人である弟だった。偽造された遺言書は無効とされ、事件は収束した。
「ありがとうございました」と一言だけ残して、弟は帰っていった。その背中が、妙に軽く見えた。
登記簿が語った孤独の真意
事件が終わっても、事務所の中は相変わらず暑かった。けれど、登記簿が語った孤独の遺言は、どこかで誰かの記憶として残るだろう。
私はエアコンの音を聞きながら、次の依頼者がドアを開けてくるのを待った。きっとまた、登記簿が何かを語り出すはずだ。