古びた依頼書
机の上の封筒
朝のコーヒーを啜りながら、ふと机の隅に置かれた茶封筒に気づいた。差出人の名前はなく、宛名には「司法書士 様」とだけ。こういう時の予感は当たる。どうせ面倒な案件に決まっている。
「また古いのが来たね」とサトウさんの塩対応が背中に刺さる。やれやれ、、、俺の平穏な一日は、今日も最初の一ページで破られた。
差出人の謎
封筒の中身は、昭和五十年代の土地に関する登記簿謄本と、震える手で書かれたような一枚の手紙。依頼者は名を伏せ、「この土地に関して調査してほしい」とだけ記されていた。
匿名依頼にしては情報が多い。土地は空き家で、長年無人。しかも相続登記がされていない。俺の仕事は登記だけじゃないらしい。
過去の名義変更
登記簿に残された違和感
登記簿を追っていくと、一つ奇妙な点があった。昭和五十九年に所有者が変更されているのに、売買や贈与の記録が一切ない。つまり名義は変わったのに、正当な理由が不明なのだ。
「名義移転登記はあるけど、根拠が無いってことね」サトウさんの鋭い指摘に、俺は思わず頷く。司法書士泣かせの登記だ。
昭和の面影を追って
法務局、役所、旧町名地番まで掘り下げて調べた。結果、昭和五十九年当時の所有者は突然転居し、その後行方知れず。町の古老に尋ねると、「あの家はね、昔からちょっとねぇ」と意味深な言い回し。
この展開、どこかで見たことがある。少年探偵団か、それとも明智小五郎か。いや、これは現実だ。俺が逃げても、登記簿は逃げない。
亡霊のような隣人
近所の噂と空き家の真相
空き家の隣人に聞くと、「夜になると、誰かが灯りをつけてるんです」と言う。いやいや、そんなホラー展開いらんのだが。鍵は閉まっていたはず。俺は恐る恐るその家を訪れた。
扉の隙間から中を覗くと、確かに何かが動いた気がした。だが、足を踏み入れても誰もいない。ただ、古い家財と、時が止まったままの生活の痕跡だけがそこにあった。
名義の下に眠る家族の歴史
蔵から見つかった日記帳には、かつての所有者の苦悩が綴られていた。家族との確執、兄弟の裏切り、そして一人きりでこの家を守った日々。中には名義変更を迫る内容の手紙の写しもあった。
どうやら、名義は奪われたのだ。それも、血のつながった誰かに。登記の裏にある人間模様が、ようやく姿を現した。
記録にない相続人
戸籍の罠
戸籍を辿っていくと、一人だけ記録から消えた存在がいた。長女の名はあるが、婚姻によって除籍されたまま所在不明。これがキーだと俺の野生の勘が囁く。いや、元野球部の感覚か。
過去の本籍をもとに郵便追跡調査を依頼した。すると、九州の小さな町に転籍した記録が残っていた。俺はその地に手紙を書いた。
名義の影に消えた女
一週間後、返信が届いた。差出人は、あの家の元住人の娘だった。「私は名義変更に一切関わっていません。兄が無断で…」と震える筆跡。
彼女は、相続を放棄したつもりだった。しかし実際には、法的に効力のない一筆だけで処理されていた。これはもう、事件と言っていい。
真実はいつも一枚の紙から
司法書士が暴いた継承の歪み
俺は登記の是正を依頼人に提案し、兄が不正に取得した名義を戻す準備を整えた。登記官も驚くほどの事案だったが、証拠が揃えば正義は通る。少なくとも書面の上では。
サトウさんが一言、「珍しく仕事したね」と言う。俺は苦笑して、いつものセリフを吐いた。「やれやれ、、、これだから昭和の登記は手がかかる」
登記簿の一行一行に刻まれた人間の歴史。それを読むのが、俺の仕事だ。そして今日もまた、一つの家族の真実が、静かに記録に戻された。