届かなかったはずの封筒

届かなかったはずの封筒

朝一番の違和感

その日、事務所に入った瞬間から何かが違った。空気がピリッとしていて、普段なら誰かの忘れ物でも見つければ「またか」と舌打ちするところだが、今回は違った。妙な胸騒ぎがした。

デスクに置かれていたのは、一通の封筒だった。誰もいないはずの朝一番、施錠された事務所の机に、どうやって?

サトウさんの冷たい視線

「これは昨日の夕方、私が最後に見た時にはありませんでした」 と、サトウさんが淡々と告げた。まるで僕が犯人であるかのような口調だった。まあ、確かに僕は鍵をかけ忘れた前科がある。

「また、やらかしたんですか?」 視線が氷のように突き刺さる。冷蔵庫の中より冷たい空気を感じながら、僕は苦笑いで誤魔化した。

差出人不明の封筒

封筒には宛名も差出人も書かれていない。切手も貼られておらず、投函されたものとは思えなかった。 サザエさんで言えば、波平の部屋にこっそり入ったタラちゃんのような違和感だ。

開封してみると、中からは一枚の白い紙が出てきた。印刷物でも手書きでもない。ただの真っ白な紙だ。

中身は白紙の一枚

「何も書いてないですね」 サトウさんが顎を引いて、紙を持ち上げた。光にかざすと、うっすらと何かの痕跡が見えるような気がする。

僕は紙の裏表を眺めながら、じっと目を凝らした。何かがある。けれど、それが何かはわからない。

インクの痕跡

サトウさんが静かに言った。 「インク、消されてます。たぶん薬品か、熱。書かれていた何かを、意図的に消された形跡があります」

なるほど。つまりこれは、何かを書いて、それを消して、それでも何かが残ることを期待して送った誰かの意図だ。

シンドウの思い込み

「心当たりがある気がする」 僕はそう呟いた。けれど、いつものように外れるんだろう。そう思いつつ、以前扱った相続放棄の案件を思い出していた。

たしか、未処理の書類の中に、似たような筆跡の依頼人がいた。いや、違うかもしれない。やれやれ、、、また勘違いか。

調査のはじまり

こういうとき、僕の動きは早い。なぜなら、何かしてないと落ち着かないからだ。暇な時間が怖いだけかもしれない。

でも今回は妙に胸騒ぎがしていた。何かが、何かが引っかかる。白紙の手紙が、過去の何かを突いてくるようだった。

郵便局員の証言

最寄りの郵便局に聞き込みをしたが、「そんな封筒は見ていない」とのこと。そりゃそうだ。切手もないし、消印もない。

「もしかして、直接入れられたのでは?」という言葉に、僕はゾクリとした。誰かが、事務所の中まで侵入していたのか?

一年前の事件との一致

一年前、未解決の名義変更トラブルがあった。書類が紛失し、依頼人が突然姿を消した。結局、手続きは流れたままだった。

その依頼人の名前は「ナカムラ」。彼の直筆の文字を、サトウさんが確認して驚いた。 「この封筒、ナカムラさんの筆跡です。確実に」

サトウさんの推理

そこからは、ほとんど彼女の独壇場だった。僕はポンコツ探偵。サトウさんが名助手、いや名探偵のようだった。

「これは未完の依頼状です。きっと何かを伝えようとした。でも、それが誰かに邪魔された」 そう彼女は言い切った。

紙の繊維と型番

紙の製造元を調べるという発想は、完全に彼女のもので、僕には思いつかなかった。 「この紙、特殊です。一般流通品じゃない」

調べると、その紙はとある行政書士法人が使用していたものだった。そしてその法人は、ナカムラ氏が以前勤めていた場所だった。

送り主の正体に迫る

サトウさんは、紙と筆跡、そして封筒の折り目を照合して、封筒を投函した人物を特定した。ナカムラ氏の兄だった。

「弟が失踪する直前、白紙の手紙を一通だけ渡されたそうです。何かあったら、それを司法書士に渡してくれと」 やっとつながった。

真実への手紙

白紙の手紙には、消されたメッセージがあった。特殊な照明を使って可視化された文字は、こう綴られていた。

「不動産の名義は母のものではない。名義を戻す方法を依頼したい。私が姿を消しても、真実を伝えてほしい」 それは懺悔と依頼だった。

解かれる過去の誤送信

ナカムラ氏は内部告発に巻き込まれ、失踪を余儀なくされた。 しかし、その意思は、時間を超えて封筒の中に届いていた。

僕たちはそのメッセージをもとに、名義回復の手続きを静かに進めることになった。 誰の名前でもない土地が、ようやく帰る場所を見つけた。

やれやれの一件落着

「ほんと、無言の依頼は心臓に悪いですよ」 僕はコーヒーを飲みながら呟いた。

サトウさんは「でも、意外とやればできるんですね」と冷たく微笑んだ。 やれやれ、、、またしばらくは、平穏が続くといいんだけど。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓