登記簿が語る孤独の証言
午前九時。事務所のドアが軋む音とともに、一人の男が現れた。薄汚れたスーツに身を包み、手には封筒。目はどこかうつろだった。
「相続について相談がありまして」と低く抑えた声。
それだけ言って、男はソファに腰を下ろした。
不審な相談者が現れた朝
応接室にて話を聞くと、彼は兄の死亡に伴い、相続登記を依頼したいとのことだった。しかし妙に詳しい。普通の人はこんなに「遺産分割協議書」なんて単語を使わない。
「どなたかに書類の作成を頼まれましたか?」
「いえ、自分で調べました」
サトウさんが眉ひとつ動かさず、無言でメモを取っている。
古びた戸籍と消えた相続人
戸籍を取り寄せてみると、驚くべきことに兄の存在そのものが空白になっていた。除籍もされていない、生きている扱い。死亡届は出ているのに、戸籍がそのまま?
おかしい。まるで存在を意図的に“消されていない”ようだ。
「おかしいな……」俺がそう呟くと、サトウさんがボソッと漏らした。「……いや、違和感の正体、わかってきました」
サトウさんの違和感と冷静な視線
サトウさんは、相続人の一覧を並べながら静かに言った。「この兄、死亡届を出したのが今回の相談者本人。でも、確認できる証拠がないんです」
たしかに火葬許可証も死亡診断書もない。ただの死亡届だけ。
そして妙に早い登記申請依頼。…急ぎすぎている。
事件は静かに動き出す
これはただの登記手続きではない。何か、見えない意図が隠れている。俺は念のため、過去の登記簿を洗い直すことにした。
元野球部の粘り強さ、ってやつだ。
「やれやれ、、、こういうのは警察の仕事だと思うんだけどな…」
相続放棄の真意を探れ
相続放棄届が一通見つかった。依頼者の弟が数年前に提出したものだ。しかし、それにしては、土地の権利関係が整理されすぎている。
しかも驚くべきことに、その弟は行方不明になっていた。
もしかしてこの依頼者、兄の死を偽装している?
隣人の証言と矛盾する時系列
近所の聞き込みで、兄はつい最近まで家にいたという話を聞く。
「確かに三日前にも姿を見たわよ」と近所のおばあちゃん。
死亡届が出されたのは一週間前。つまり、生きている。
司法書士の本能が告げる違和感
もうこれは登記の問題ではない。俺の肩書きじゃ手が出せない領域に踏み込んでいる。でも、どうにも引っかかる。
「それでも、登記簿ってやつは正直だ」と俺は呟いた。
サトウさんはため息をつきながら「あんたが正直じゃないから、ちょうどいいバランスです」と返す。
手がかりは過去に眠っていた
俺はふと思い出して、十年前の売買契約書を引っ張り出した。そこには、不動産を売る人物の欄に、見慣れない署名があった。
これだ。この筆跡は、今の依頼者と一致していない。
つまり、本人になりすましていた可能性がある。
売買契約書の隅にあった異変
気になって契約書の隅をめくると、コピーの下にホンモノが隠れていた。
どうやら依頼者は、それを気づかれないように提出していたらしい。
うっかりしてる俺でも、たまにはやる。
登記簿の記録が語る人物関係
記録を精査していくと、名義変更が不自然なタイミングでなされていた。まるで誰かが“意図的に”名義を操作していたかのように。
そしてその操作を請け負った司法書士が、なんと俺の大学の同期だった。
「連絡してみますか?」とサトウさん。「うん、恩を売れるなら売っておこう」
空き家に残された封筒の謎
空き家の調査で、サトウさんが古い茶封筒を発見した。中には、兄の自筆の遺言書のコピーと日記のようなもの。
「すまない。私はまだ生きている」と書かれていた。
これで完全に決まった。依頼者は嘘をついている。
嘘と真実が交差する
この案件、警察に引き渡すべき段階だ。でも、最後に俺たちの手で真実を記してやりたい。司法書士としての矜持ってやつだ。
そして、たしかにその想いが伝わったのか、
サトウさんも「珍しくまともなこと言いますね」と笑った。
家族写真に映らなかった一人
遺言の裏には、古い写真が挟まれていた。そこには三人兄弟のうち、依頼者だけが写っていない。
「この人、ほんとは兄じゃないかもね」とサトウさん。
成りすまし。そこにたどり着くまでに時間がかかりすぎた。
失踪とされていた兄の存在
確認のために、介護施設をいくつか回った。
そして、別名義で保護されていた高齢男性を発見。
まぎれもない、その“兄”本人だった。
意外な人物が語った告白
施設で事情を聞くと、依頼者は異母弟であり、相続から外れていたことに怒り、兄になりすましたという。
「生きていちゃ困るんだよ。財産が…」
その一言で、すべてのピースがはまった。
やれやれからの逆転劇
警察が動き出し、事件は解決へと進んだ。
「やれやれ、、、結局、俺の出番ってのはいつも泥臭いもんだな」
「あんたが推理してるとこ、誰も見てませんでしたけどね」とサトウさん。
サトウさんの推理と冷ややかな一言
サトウさんは淡々と報告書をまとめ、最後にポツリと漏らした。「こんなドラマみたいな話、実際あるんですね」
俺はそれを聞いて、思わず苦笑い。
「いや、俺たちの仕事が地味すぎるから、たまにこういう刺激がないとね」
司法書士としての最後の一手
登記の差し止め申請をし、法務局にも正式な訂正申請を行った。
俺の手の震えが止まらなかったのは、ただの緊張か、それとも安堵か。
いずれにせよ、正しい記録が世の中に残る。それでいい。
登記簿が示した真実と結末
静かに閉じた登記簿のページに、すべてが記されていた。
そこには、偽りのない真実が文字として刻まれていた。
サザエさんじゃないけど、「人間ってやっぱり面倒くさいよな」って独りごちた。
事件の終わりと静かな午後
事務所に戻ると、冷えた麦茶が待っていた。
「今日はもう仕事終わりにしません?」とサトウさん。
「…たまには、そうするか」と答えて、俺は机に足を乗せた。
孤独だった男の真意
犯人は孤独だった。ただ、それだけだ。
愛されたい。認められたい。その歪んだ形が今回の事件。
俺たちはそれを止められた。ただの司法書士でも、時にはな。
帰り道の空に浮かぶ夏の雲
帰り道、空を見上げると、巨大な入道雲が空を覆っていた。
「またこういう事件が起きるかもですよ」とサトウさん。
「……頼むから、普通の登記だけやらせてくれ」と俺は空に祈った。