第一章 ある相談者の訪問
「父の名義がまだそのままでして……」中年の女性が、申し訳なさそうに頭を下げた。盆明けの蒸し暑い午後、エアコンの効きが悪い事務所に、私はうっかり麦茶をこぼしそうになった。
相続登記の相談なら日常茶飯事。だが、その女性が出した登記事項証明書には、妙な空白があった。登記の一部が途切れている。いや、削除されたようにも見えた。
亡き父の名義が残る家
昭和の時代から変わらず、実家はお父さん名義のままだったらしい。何十年も前に死亡していたが、登記は放置されていた。よくある話ではある。
しかし彼女が提出した資料には、数年前に名義が一度変わって、再び戻っている痕跡があった。通常の相続ではありえない動きだった。
奇妙な登記事項証明書
「一度名義が父以外の人になって、また戻ったように見えるんです」私はそう告げ、女性は顔を曇らせた。「そんなはずは……私たち家族以外、家に関係ある人なんていないはずです」
そんな疑問を抱いたとき、私はふと、サザエさんのエピソードを思い出した。家族の誰も知らないうちに波平が電気の契約を変えていて、大騒動になるやつだ。
第二章 不一致の記録
私は旧法時代の登記簿も取り寄せた。すると、問題の家には数年前に一時的に“知らない人物”が登記された記録があった。
しかしその後、抹消されている。まるで怪盗が宝石を奪い、一時的に隠して、元の場所に戻したかのように。
現地と登記の矛盾
「一度だけ、知らない男が家に来たことがあるんです」と女性は語った。「父の知人だって名乗ってました。父の死後に、です」
現地確認で訪れた古家は、ほこりまみれだったが、玄関の鍵は交換された形跡があった。登記と実態、双方にずれがある。
相続人が語らない過去
どうやら、その“知らない男”が一時的に名義を取得し、すぐに放棄したようだ。その動きが登記簿の不自然な記載につながっている。
しかし相続人は、その男の正体について語ろうとしなかった。まるで忘れたい記憶であるかのように。
第三章 名義の裏にある影
私は、登記の履歴を洗い直すとともに、近隣の司法書士ネットワークにも照会をかけた。すると、件の人物は過去にも似たような“すり替え”事例に関与していたことがわかった。
「これは……登記簿ロンダリングだな」思わず口をついて出たセリフに、事務所の隅から冷たい視線が飛んできた。
突然現れた第三者の名
その男の名前は「山元良太」。数年前、相続放棄を偽装して、所有権を一時的に自分の名義にしては資産を圧縮するという“登記トリック”を繰り返していた人物だった。
だが、今回の事例はどこか違う。戻された登記の中に、微妙な時間のずれがある。名義が戻る直前に、家屋に仮登記された“使用貸借契約”が入っていた。
サトウさんの鋭い指摘
「この仮登記、名義が戻った後も消えてませんね」
サトウさんの声は淡々としていた。私が見落としていた点だ。「やれやれ、、、またやられたか」思わず口に出してしまい、彼女は無言で書類を私の机に置いた。
第四章 権利証の行方
私は古い不動産屋を探し出し、過去の契約書や賃貸履歴を洗った。そこで見つかったのは、家屋を担保にした奇妙な念書だった。
山元良太の署名入りで、「相続が完了したのち、再度売買契約に移行する」旨が記されていた。
地元の公民館に眠る証拠
意外な場所で、さらに重要な手がかりが見つかった。地元の公民館に保管されていた自治会議事録。そこに、山元が地域に姿を現し、家の掃除をしていたという記録が残っていたのだ。
家族が知らない間に、彼は“所有者”として地域で振る舞っていた。
シンドウのうっかりと逆転劇
「これで完璧だ」と資料を綴じたつもりが、逆さまで綴じてしまっていた。サトウさんが無言で直してくれる。やれやれ、、、助かった。
その後、私は仮登記の抹消と登記の真実回復請求を経て、正当な登記を復元することに成功した。
第五章 誰が虚偽を登記したか
登記簿の修復を進めるなかで、私は“何もしていない”と思われていた第三者が、逆にキーマンであることを突き止めた。
彼は資産の一時的退避を請け負う“影の司法書士”だったのだ。だが、今回はその過程で何かしらの罪悪感が芽生えたのか、すぐに登記を戻したようだった。
古い登記制度の穴
古い登記簿の扱いには曖昧な運用が多く、当時は公証が甘かった。彼はそこを突いて、名義を動かしていた。
だが、登記という記録には「戻したとしても履歴が残る」。それが唯一の救いだった。
かすれた印影が導く真相
最後に決め手となったのは、仮登記の書類に押された印影だった。スキャナーで強調すると、かすかに“山元”の名が浮かび上がった。
「司法書士の目をごまかせると思うなよ」なんて言ってみたが、たぶん、サトウさんには聞こえてない。
最終章 権利が戻るとき
事件は解決し、家は正当な相続人に戻った。女性は涙を浮かべながら、深々と頭を下げて帰っていった。
私は椅子に体を預け、天井を見上げた。「やれやれ、、、久々に本気出したかもしれん」
家を守った司法書士の決断
今回の件は、登記簿の記録と、それを読む眼がなければ見逃されていた。法と記録は、静かにすべてを語る。
そして私はまた、今日も事務所で麦茶をこぼしかけながら、登記と向き合っている。