登記簿が語る失踪の謎
平穏な朝に届いた一通の封書
いつものように、事務所のポストには電気代の請求書と税理士からの資料が届いていた。だがその中に、ひときわ古びた封筒が紛れていた。差出人の名は書かれておらず、宛名だけが丁寧な筆跡で書かれている。
中身はたった一枚の紙。「至急、登記簿を確認してほしい」とだけ記されていた。添付されたのは、築40年は経っていそうな木造住宅の所在地だった。
消えた依頼人と空き家の登記簿
さっそく法務局で登記事項証明書を取得してみると、所有者は十年前に亡くなっているはずの人物の名義のままだった。相続登記はなされておらず、固定資産税も滞納されているらしい。
しかも、依頼主と思しき人物の名前はどこにも見当たらない。これは、タラちゃんが知らぬ間に三河屋さんの娘と結婚していたぐらいの唐突さだ。
隣人が語る不自然な夜の物音
その家の隣に住む老婆が、不思議なことを話してくれた。「3日前の夜中、誰かが家の中で物を落とすような音がしたんだよ。あの家、もう何年も人が住んでないのに」
その証言を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。シロアリでもカラスでも説明がつかない、”人の気配”があったというのだ。
かすかな手がかりとサトウさんの推理
敷地境界と空白の登記情報
現地調査に出向いてみると、古びたブロック塀の角に、新しい目印杭が打たれていた。最近誰かが測量した形跡があったのだ。だが、そんな動きは登記簿に反映されていない。
サトウさんが淡々と呟いた。「誰か、名義を変えずに土地を売ろうとしてるんじゃないですかね」
古びた倉庫と名義人の意外な共通点
敷地奥の倉庫には、ほこりを被った農機具や、古いバイクの残骸が転がっていた。しかし一つだけ、不自然に新しい缶コーヒーの空き缶があった。
缶の銘柄は、サトウさんが言うには「この地域じゃ珍しい北海道限定品」。つまり誰かが最近ここに入り込んでいたということになる。
シンドウの調査がたどり着いた意外な過去
隠された名義変更と失踪届
過去の閉鎖登記簿をめくっていくと、15年前、一度だけ所有者が変更された記録があった。しかしそれはなぜか職権で抹消されていた。公正証書遺言に不備があった可能性が高い。
さらに調査を続けると、ある行政書士の名前が浮上した。彼は現在、行方不明になっていた依頼人の親戚だった。
閉鎖登記簿に刻まれた家族の軌跡
さらにたどると、元所有者の息子がかつて土地を担保に借金をしていたことが分かった。家は取り戻したものの、彼はすでに家族とも絶縁状態にあった。
つまりこの家は、誰の帰る場所でもなくなっていたのだ。紙の上にしか存在しない、名前だけの空家だった。
再び現れた男と交錯する証言
別人のように変わった依頼人
数日後、事務所にひとりの男がやってきた。「手紙を送ったのは私です」と言ったその男は、見違えるほど痩せ、頭髪もまばらだった。
「この家を売る前に、父の過去を清算したかったんです」彼の目には涙が浮かんでいた。
登記簿から読み解かれる裏付け
登記簿に残されたわずかな足跡と、倉庫の痕跡、そして近隣住民の証言。それらを組み合わせて、彼の話に矛盾がないことを確認した。
サトウさんが、静かにうなずいた。「司法書士って、こんなことまでやるんですね」
サトウさんの一言と封じられた真相
やれやれと思わず漏れる疲れ声
「やれやれ、、、」机に顔を伏せながら、俺は深くため息をついた。まるで金曜日のカツオの三者面談に呼ばれた波平のような気分だ。
登記簿に書かれた過去も、結局は人の選択が作り出した記録なのだ。紙一枚では片付かない物語が、そこにはあった。
司法書士としての正義と決断
結局、依頼人の希望通りの手続きが進められた。登記は整えられ、家は売却された。だが、それで全てが片付いたわけではない。
たぶん、彼の心のどこかには、まだ取り残された父への思いがある。書類にはできない感情も、確かに存在するのだ。
解決後に残されたもの
書類の山と静かな午後
午後三時。ようやく一息ついて、冷めたコーヒーを飲む。書類の山の向こうで、サトウさんが黙々と仕事をしている。
「缶コーヒーの件、偶然にしては出来すぎですね」と呟いたら、「偶然に見えるように仕掛けた人がいたんでしょうね」と返された。
過去を記録する紙の力
登記簿は、誰が何を持ち、何を失ったかを記録するだけだ。でも、その裏には必ず「物語」がある。紙は冷たいが、そこに込められた人の営みは、決して消えない。
今日もまた、誰かの過去と向き合う仕事が、静かに始まっていく。