登記簿が告げた家の影

登記簿が告げた家の影

登記の相談は唐突に

午後三時を過ぎた頃、事務所の扉が音もなく開いた。小さな音にも敏感になる時間帯だ。 現れたのは、どこか疲れたような目をした初老の男性だった。肩に掛けた古びた鞄がやけに重そうに見えた。 「土地の名義を変えたいんです」と彼は言ったが、その声には迷いがあった。

古びた一軒家と初老の依頼人

話を聞けば、依頼人は亡くなった兄の遺産を相続するとのことだった。対象は郊外の一軒家。 「もう十年も空き家だったんですけどね」と苦笑する彼の口元には、どこか寂しさがにじんでいた。 登記簿を確認するために物件の住所を尋ねると、サトウさんが手早くPCを操作した。

遺産分割協議の裏にある空気の違和感

相続人は兄弟二人だけのはずなのに、協議書には三人の名前が載っていた。 「え?誰ですかこの“山崎絵里”って人は?」と依頼人が首をかしげる。 登記簿上にも彼女の名前は見当たらない。だが、協議書にはしっかり押印があった。

サトウさんの冷静な分析

「この印影、少し変です」サトウさんがそうつぶやくと、机の上に資料を並べ始めた。 筆跡も微妙に異なり、押印の力の入り方が不自然だった。 「偽造の可能性がありますね」と淡々と言い放つ彼女の口調に、依頼人は青ざめた。

筆跡の違和感と同居人の存在

筆跡を精査するため、古い書類をいくつか見せてもらうと、確かに“山崎絵里”の筆跡は不自然だった。 そして、隣家の住人から気になる証言が出た。「あの家、数年前まで誰か住んでましたよ」 登記上は空き家のはず。何かがおかしい。

調査開始登記簿と戸籍の矛盾点

登記簿と戸籍の整合性を調べていくと、故人の戸籍に転籍記録が残されていた。 しかし、それは亡くなる直前のもので、内容が簡略すぎる。 さらに、山崎絵里の戸籍は故人と同一住所に数年前から存在していた。

ご近所インタビューと不自然な証言

サトウさんは「サザエさん方式で近所から聞き出してきます」と言って、出て行った。 帰ってきた彼女は「みなさんおしゃべりで助かります」と書き込みのメモを差し出した。 どうやら“山崎絵里”は近所では“絵里さん”として親しまれていたらしい。

サザエさん的なご近所トラブルの影に

「よく兄弟げんかしてたみたいよ」「なんか女の人が毎日来てたわね」 証言が重なるたび、遺産をめぐる複雑な人間模様が浮かび上がる。 その中に、依頼人が知らなかった兄の恋人の存在が示唆され始めていた。

目撃者の証言は本当か

近所の一人が「あの女性、確か“山崎”って苗字だった」と証言した。 偶然にしては出来すぎている。サトウさんが眉をひそめた。 「登記も遺言も、この人を守るために細工された可能性があります」

不動産業者から得た新事実

古い不動産業者の記録には、数年前に内密な名義変更の相談があった記録があった。 相談者の名前は“山崎絵里”。その相談は、突然取り下げられていた。 「兄はこの人に家を渡すつもりだったんじゃ…」依頼人の声が震えた。

登記変更直前の謎のやり取り

遺言書が作られたのは死亡の一週間前。その日付は、山崎絵里の名義変更相談の直後。 つまり、故人は自分の死期を悟っていたのかもしれない。 しかし、その遺言書はなぜか協議書の中に埋もれ、正規の手続きに乗っていなかった。

サトウさんの推理が鋭く刺さる

「この協議書、絵里さんの押印が先に押されてます」サトウさんが指摘する。 「つまり、故人が亡くなる前に作成された偽協議書の可能性が高いです」 その言葉に、依頼人はしばらく沈黙し、深くうなずいた。

真実の断片がつながる

パズルのような事実が一つにつながった瞬間、全員が息をのんだ。 「兄は自分の死後に絵里さんが困らないようにしたかったんですね」依頼人がぽつりと呟いた。 だが、それは誰かの手によって無効にされかけていた。

偽造された遺言書の真相

正式な遺言書のコピーは司法書士会に提出されていた。 それと照合すると、現在の協議書が意図的に別の書式で作られたものであると確定した。 犯人は、もう一人の遠縁の相続人だった。彼は登記の手続きを急がせようとしていた。

相続人が語らなかったこと

「兄さんはあの人と家を持ちたかったんだよ」依頼人がそう語った。 「けど、親族の目があってできなかった。だからせめて、死んだ後に…」 静かに流れる時間の中で、未練と誠意が交差していた。

依頼人の真意と隠された家族関係

絵里という女性は、血縁ではなかったが故人にとっては家族同然だった。 それを受け入れるのが、依頼人の最後の務めだったのかもしれない。 「登記簿が正直だったおかげで、助かりました」と彼は静かに頭を下げた。

兄と弟の静かな確執

「正直、兄貴とは仲良くなかった」と依頼人は語った。 「でも、こうして残されたものに触れると、なんか…少しだけわかった気がします」 過去のわだかまりをほどきながら、彼の表情が少しだけ柔らかくなった。

書類に刻まれた感情の痕跡

遺言書の端には、消えかけた文字で「ありがとう」と書かれていた。 それを見たとき、サトウさんもさすがに沈黙した。 「感情まで書面にするとは…故人もなかなかやりますね」とぼそり。

司法書士としての結論

私は正規の遺言書に基づき、登記を進めることを提案した。 依頼人は絵里さんに家を譲ることを決意し、手続きを進めることになった。 それが、兄の最期の願いだったのだと信じて。

正しい相続のために必要だったこと

形式ではなく、真実に向き合うこと。 サトウさんの冷静な分析と、依頼人の覚悟がなければ、家は失われていただろう。 やれやれ、、、また一つ重い案件だったが、何とか決着がついた。

サトウさんの塩対応にも感謝

「少しは役に立ったみたいですね」とサトウさん。 「いや、いつも助かってるよ」と返すと「はいはい、わかりました」と淡々。 この距離感が、意外と心地いいのかもしれない。

解決後の余韻

雨が止み、事務所の窓から柔らかい陽が差し込んでいた。 コーヒーを一口すすりながら、私は椅子にもたれた。 今日もまた、一つの家の物語に幕が下りた。

雨上がりの事務所にて

机の上には、新しい登記申請書が並んでいる。 明日もまた、誰かの物語が始まるのだろう。 そのたびに、少しずつでも誰かの救いになれればいいと思う。

やれやれと呟きながら

サトウさんが「お疲れさまでした」と言って帰る背中を見送りながら、私はぽつりとつぶやいた。 「やれやれ、、、人生ってやつは、登記簿のようにはいかないな」 けれどその複雑さが、案外悪くないと思える日もあるのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓