はじまりは共有登記の相談だった
八月のある蒸し暑い午後、私の事務所に一組の兄弟がやってきた。三人兄弟のうちの長男と次男で、父親が遺した土地の共有物分割について相談したいという。
古い平屋と裏山を含む約三百坪の土地。相続登記は済んでいたが、誰が何を相続するかは決まっていないらしい。
「三人で話はついてます。あとは書類だけお願いします」と言って、長男が封筒を差し出した。
依頼人は口数の少ない兄弟だった
話し合いはすでに済んでいるらしく、二人とも淡々と話を進める。口数も少なく、まるで昔の刑事ドラマに出てくる取調室のような空気だった。
それでも司法書士としては仕事を断る理由はない。私は受任を決め、必要書類の説明を始めた。
「三男の分も署名押印をいただく必要があります」と伝えると、次男が小さくうなずいた。
共有物分割協議書の準備
私はフォーマットに沿って協議書を作成し、兄弟に確認を求めた。住所、氏名、相続関係、分割内容。
念のため登記簿も再確認し、添付書類の準備を依頼した。
ところがその夜、サトウさんがぽつりと「なんか、違和感ありますね」と呟いたのだった。
サトウさんの違和感
翌朝、出勤してくるなりサトウさんが私に向かって言った。「三男の印鑑証明、発行日が一年前ですよ」
私はうっかり見落としていた。通常、こういう手続きでは新しい証明書を取るはずだ。
「有効期限はないですけど、ちょっと変ですね」とサトウさんはクールに言う。
妙に急かす理由
しかも次男は、急に「できるだけ早く登記してほしい」と言い始めていた。
理由を聞いても「急ぎの事情がある」とはぐらかすばかりだった。
司法書士の勘というか、経験というか、、、何かがおかしい。いや、面倒なことにならなきゃいいが。
会話の中にあった食い違い
二人の兄弟の話をそれぞれ聞いていると、三男の現在の住まいについて食い違いがあった。
長男は「東京にいる」と言い、次男は「地元に戻ってる」と言う。
「どっちやねん」と思いつつ、私はひとまず登記簿に記載された住所を調べることにした。
共有者の一人が現れない
三男に連絡を取ろうにも、電話番号もメールも教えてもらっていなかった。
私は登記簿の住所を頼りに、車を出してその場所に向かった。
すると、そこには古びた空き家がぽつんと建っていた。
所在不明とされた三男
ポストはパンパンに詰まっており、近所の人に話を聞くと「もう何年も誰も住んでいない」と言う。
やれやれ、、、これでますます雲行きが怪しくなってきた。
三男は本当に協議に参加したのか? そもそも、生きているのか?
古い住所にあった空き家
私は念のため、町役場と法務局に出向き、過去の住民票の履歴や不動産の権利変動を調べた。
三男の住所は5年前から変更されておらず、以後の移転記録もなし。
それはまるで、『ルパン三世 カリオストロの城』でお姫様が塔に幽閉されていたような、そんな閉ざされた情報の空白だった。
シンドウの登記調査
司法書士としてやれる調査は限られている。だが、実印の印影や委任状の筆跡を見ることはできる。
私はサトウさんと協力して、印鑑証明書の内容と委任状を照合した。
「これ、、、たぶん別人ですよ」サトウさんの鋭い声が響いた。
権利証と実印の謎
三男の実印とされたものは、明らかに偽物だった。形は似ているが、押し方が不自然で、朱肉の濃さも均一ではない。
さらに、遺産分割協議書に添付された戸籍には、死亡の記載がないことが逆に不自然だった。
私はこれは一つの「登記トリック」だと確信した。
法務局で拾ったヒント
法務局で過去の登記を調べていたとき、ふと一枚の資料が目に入った。
そこには数年前に提出された住所変更登記の記録があり、届け出人に三男の名前がなかった。
それが決定打になった。三男はすでに死亡しており、兄たちがそれを隠して遺産を自分たちのものにしようとしていたのだ。
真実に近づいた夜
夜、私は兄弟に再度連絡を取り、調査の内容を伝えた。最初はしらを切っていたが、やがて長男がぽつりと呟いた。
「バレるとは思わなかった。あいつ、死んでるんです。三年前に」
証明書も筆跡も偽物。すべては、あの分割登記のために用意された偽装だった。
消えた共有者は既に死亡していた
三男は事故で亡くなっていたが、死亡届を出さずに放置していたのだという。
理由は単純、相続分を均等に分けたくなかったからだ。
遺産を多く得たいがために、兄弟は一芝居打ったのだった。
書き換えられた協議書とその動機
私の調査と証拠をもとに、司法書士会に報告を行い、必要な届出と通知をした。
登記手続きは中止され、兄弟には警察からも事情聴取が入ったらしい。
なんとも後味の悪い結末だが、こういうケースもあるのが登記の世界だ。
やれやれ俺が出るしかない
事務所に戻って、私はコーヒーをすすりながら一息ついた。「やれやれ、、、俺が出るしかなかったわけか」
サトウさんは「だから言ったじゃないですか」と塩対応で返してくる。
「それにしても、もっとスカッと終わる事件がいいですね」と私が愚痴ると、サトウさんは冷たく笑った。「だったらサザエさんでも見て癒されてください」