書類しか出迎えてくれない朝

書類しか出迎えてくれない朝

朝の玄関に響くのはプリンターの音だけ

司法書士としての日々は、いつからこんなに無音で始まるようになったのだろうか。誰かの「おはよう」という声もなく、出勤して最初に迎えてくれるのは、机の上に鎮座するファイルと、定期的にプリンターから吐き出される書類の音だけだ。元野球部で大声には慣れていたはずの自分が、いまや静寂に包まれる朝にすっかり順応している。これは成長なのか、それとも退化なのか。気づけば、仕事に向かう自分より先に、書類の方が待機しているような錯覚すらある。

ただの一日が、なんだか重たく始まる

別に今日が特別忙しいわけでも、嫌な予定が入っているわけでもない。ただ、何かが重い。昨日の続きのような依頼と、明日に持ち越せない登記申請。書類一枚一枚に誰かの事情が詰まっていて、それを処理する自分の存在意義を忘れないようにと自分に言い聞かせる。だけど正直、それが報われている気はあまりしない。朝からそんな思考に浸っている自分が、また少し嫌になる。

「おはよう」と言われる前に「これお願いします」

事務員さんが出勤してきても、最初の言葉が「おはようございます」ではなく「これ、処理お願いできますか」だったとき、心のどこかがポキッと音を立てた。別に責めているわけではない。彼女も真面目に働いてくれているのはわかっている。でも、仕事のスタートが“お願い”から始まると、「ああ、俺ってやっぱり道具みたいな存在だな」と感じてしまう日があるのだ。

冷蔵庫の残り物みたいな感情とコーヒー

冷蔵庫の奥に眠っていた忘れられた食材のように、自分の感情もどこかしらで放置されている。朝のコーヒーは相棒だが、飲んでも気分が晴れるわけじゃない。むしろ、眠気と一緒に心のモヤモヤも目を覚ましてくる。気づけば、「今日も頑張るぞ」なんて前向きな言葉はもう何年も口にしていない気がする。

机の上に積まれるのは信頼か、ただの義務か

毎日、当たり前のように増えていく書類たち。それを処理する自分に、「すごいね」「ありがとう」と言ってくれる人がいるわけでもない。信頼されているのか、それとも「やるべき人」だから黙って押し付けられているのか、その境目がわからなくなってくる。処理能力が高いということは、感謝よりも“次”を呼び込むだけなのかもしれない。

感謝より先に届く修正依頼

「先日の書類、ちょっとミスがありまして…」という電話が朝一番にかかってきた。こっちは睡眠不足の頭で必死にチェックしたつもりだったが、それでもどこかに抜けがあったらしい。申し訳なさと情けなさが一気に押し寄せてくる。そんな自分を慰める言葉を、誰もかけてくれないのはわかっている。けど、せめて怒らないでほしいと願ってしまう。

「ここ間違ってますよ」の破壊力

クライアントに言われる「ここ、間違ってますよ」の一言は、本当に心にくる。こっちも人間だからミスをすることはある。でも、その一言には“信頼の棘”が含まれていて、まるで「こんなミスもするんですね」と言われているようで、深く突き刺さる。野球部時代、監督に怒鳴られていた方がまだマシだったと思う日もある。

信頼って、こんなに静かで無言のもの?

信頼されているのかどうか、それはもう「何も言われないこと」でしか測れない。大きな問題が起きていなければ、それで良し。だけど、それって本当に“信頼”なのか。何も言われないことに安心しつつも、内心ではもっと“ちゃんと見てほしい”と思ってしまう。矛盾だらけだけど、これが本音。

事務所に漂う空気は静かすぎる

うちの事務所は狭い。だけど、その狭さが逆に音を吸収しているようで、妙に静かだ。かつて野球部のベンチでワイワイしていた自分には、この静けさがやけに堪える。集中できるのはいいけれど、時には誰かの咳払いすら恋しくなるほど無音が続くと、心が音を欲しがる。

一緒に働く人がいるのに、孤独な感覚

事務員さんはいてくれる。でも、不思議と「一緒に働いてる感」が薄い。業務連絡は飛び交うけれど、会話というほどのものはあまりない。互いに自分の仕事に集中しているのは悪いことじゃないが、ふとした瞬間に「一人でやってるような気分」になる。人がいるのに孤独というのは、なかなか堪えるものがある。

会話よりもメールの音に反応する日々

人の声よりも、パソコンから鳴るメールの通知音に過敏になっている。それが新しい仕事の始まりであることも多いからだ。まるで「あなたの出番ですよ」と言われているようで、反射的に動いてしまう。これじゃあ、職場というより“自動処理センター”みたいだ。

たまに話す内容はミスの報告だったりする

事務員さんとの会話で最も多いのが、「すみません、これちょっと…」という確認や修正の話。雑談がしたいわけじゃないけれど、あまりにも“業務用の言葉”ばかりが交わされると、自分たちの関係性って何なんだろうと考えてしまう。ただの職場仲間なのか、それともただのシステムの一部なのか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。