やめようか続けようかのはざまで

やめようか続けようかのはざまで

朝の始まりが重たい日もある

毎朝、目覚ましが鳴るたびに「もう一時間寝かせてくれ」と心の中で呟く。布団から出るまでに何度もスマホを確認し、「キャンセルになった依頼はないか」と淡い期待を込めてメールを開く。何も変わらない現実にため息をついて、ようやく顔を洗う。事務所へ向かう道のりも、昔は軽やかだったのに、今では足取りがどこか重たい。寒い日も暑い日も、変わらず続くこのルーティン。何年経っても、気持ちが晴れない朝はある。

玄関を出るまでにすでに疲れている

家の玄関を開ける前から、すでに体がどっと重たい。今日一日、どんなトラブルが待ち構えているのか、どんな気遣いをしないといけないのか、考えるだけでエネルギーが削られる。朝食を取る気力もなく、コーヒーだけを片手に車に乗り込む。元野球部だった頃の「気合いで乗り切る精神」は、今や影も形もない。疲れてるのに、疲れてるって言えない。それが一番しんどい。

書類の山と電話の嵐でペースが乱れる

事務所に着いた瞬間から、電話の着信音が頭に響く。机の上は昨日片付けたはずの書類で再び埋め尽くされている。「ちょっとだけ確認してもらえますか?」という軽い一言に、30分は簡単に持っていかれる。予定していた仕事の順番は次々と崩れ、結局、夕方になっても「今日やるつもりだったこと」の半分も終わらない。頭では分かっている。想定外なんて日常茶飯事だ。でも、だからこそ余計にイライラする。

今日こそ早く帰ると言った日の方が帰れない

「今日は19時には帰ろう」と決めた日に限って、なぜかトラブルが起きる。登記完了予定日を巡っての問い合わせ、書類の不備、先方の押印忘れ——全部、こちらのせいではないのに、対応するのはこっち。ふと時計を見れば21時過ぎ。「なんでこうなるんだろう」と思いつつ、誰にも言えずに書類をチェックする手を止めない。気づけば事務員も帰り、一人の事務所に蛍光灯の音だけが響いている。

この仕事を選んだ理由を思い出せない

司法書士になりたかった。そう思って頑張った。だけど、なぜ目指したのか、その理由すら曖昧になってきている。合格通知を受け取ったあの日のことを、たまに思い出す。あの時は、自分の人生にようやく意味が生まれた気がした。でも、今は違う。仕事をこなすことに精一杯で、理想ややりがいは、どこかに置き忘れてしまった気がする。

司法書士試験に合格したときのあの高揚感

あの合格発表の日、番号を見つけたとき、涙が出そうになった。何年もかかった勉強が報われた気がしたし、「これで人生が変わる」と信じていた。合格証書を手にした自分を、誇らしげに親に見せた日のことも覚えている。夢が現実になったと思った。でも、今思うと、それはゴールじゃなくて、スタート地点だったのかもしれない。

でも現実は地味で孤独で泥臭い

司法書士の仕事は、思っていたよりもずっと地味だ。誰かに感謝されるより、文句を言われる回数の方が多い。法律の専門家として、冷静で正確であることを求められるけれど、人間だってそんなに完璧にはできていない。思っていた「士業」の姿と、現実の「小間使い」のような仕事のギャップに、日々やるせなさを感じている。

やめる勇気と続ける根性

やめた方がいいのかもしれない。ふとそう思うことがある。でも、やめるにも勇気が要る。生活もあるし、年齢のこともある。もう若くはないし、再スタートを切るには遅すぎる気もする。結局、「続けるしかない」から続けている自分がいる。それが根性なのか、惰性なのか、自分でもよく分からなくなる。

辞めたら楽になるかなとふと思う瞬間

忙しさに追われて、「辞めたらどれだけ楽になるだろう」と空想することがある。朝起きて、今日の予定を気にせず過ごせたらどれだけ楽だろう。だけど、頭の中では「楽」ではなく「無」になることを、本当は分かっている。辞めた先にあるのは、自由じゃなくて、喪失かもしれない。そんな恐怖が、今の自分を踏みとどまらせている。

でも辞めるにも体力が要る現実

人は簡単に「辞めたらいいじゃん」と言うけれど、それは軽い言葉だ。辞めるには、それなりの準備と、気力と、決断力がいる。そもそも、辞めたあとに何をするのか、自分には見えていない。地方で一人暮らし、モテず、家族も遠い。そんな状況でゼロから何かを始める元気なんて、正直、残っていない。

独立したことが呪いに思える日もある

昔、「自分の城を持つこと」に憧れて独立した。確かに自由は手に入ったけれど、それ以上に責任と孤独も背負うことになった。相談する相手もいないし、間違ったときの逃げ場もない。独立したからこそ、誰にも頼れず、誰にも文句が言えない。そんな日々の中で、「サラリーマンのままでもよかったのかも」と思うこともある。

事務員さんに救われていることを認めたくないけど

事務員さんがいるおかげで、なんとか日々の業務が回っている。それは頭では分かっているけれど、どこかで「自分ひとりでもやれる」と思いたい自分がいる。認めてしまったら、依存してしまいそうで怖い。だけど、正直、救われてる。感謝の気持ちをうまく伝えられない自分が、不器用だと思う。

愚痴をこぼせる相手が一人いる安心感

昼休みにちょっとだけこぼす「もう嫌になっちゃいますよね」という一言に、相づちが返ってくるだけで、気持ちが少し軽くなる。無理に明るく振る舞わなくても、そっと受け止めてくれる存在はありがたい。世間話をして笑える時間が、どれほど貴重か。そういう小さな安心が、今日も続ける理由になっている。

でも気を遣って話しかけるのも疲れる日がある

相手も人間だから、常にこちらの気持ちを受け止められるわけじゃない。忙しそうなときや、機嫌が悪そうなときは、こちらも神経を使う。無理して笑顔を作ってしまい、逆にぐったりすることもある。気を遣わずにいられる関係なんて、幻想だと思うこともある。だから時々、一人になりたくなる。

モテなくても仕事で認められたいと思ってしまう

女性にモテたことはない。でも、せめて仕事で「この人に任せてよかった」と思われたい。そういう小さなプライドが、自分を動かしているのかもしれない。人間として魅力がないなら、せめて司法書士としては魅力的でありたい——そんな思いが、今日も背中を押している。

名刺交換では丁寧なのに誰も連絡してこない

懇親会や会合で名刺を何十枚も配る。笑顔で握手して、「何かあればぜひ」と言われる。でも、その後連絡が来たためしがない。そんなことが何度も続くと、「どうせまた口だけか」と思ってしまう自分がいる。期待するから、落ち込む。それならいっそ、最初から期待しない方がいいのかもしれない。

夜のLINEはいつも静か

プライベートのLINEは、ほとんど鳴らない。誰かと食事に行くことも、恋人と出かけることもない。ニュースの通知だけが定期的に届くスマホを、つい無意味に開いてしまう。「通知」が欲しいのではなく、「つながり」が欲しいのかもしれない。そんな夜が、少しだけ切なくなる。

たまに来るありがとうの一言でまた持ち直す

苦しいことが多いけれど、「ありがとう」の一言で、すべてが報われる瞬間がある。たった一言で、何日も何週間も心が軽くなる。だから、やめずに今日もここにいる。完璧じゃなくても、誰かの役に立てたことが嬉しい。それだけで、もう少しがんばってみようと思える。

たった一言が今日の疲れを打ち消す

「助かりました」「先生がいてくれてよかった」——その一言があるだけで、昼の疲れが嘘のように和らぐ。褒められ慣れていないからこそ、その言葉が深く刺さる。ありがとうって、こんなに力を持っているんだと実感する。司法書士の仕事は、その一言のためにあるのかもしれない。

やっぱりこの仕事をやってて良かったと思う瞬間

正直、辞めたいと思うことは何度もある。でも、誰かの困りごとに力を貸せたとき、自分の知識が役に立ったとき——その瞬間は、たしかにこの道を選んでよかったと感じる。やめたい日と、続けたい日を、行ったり来たりしながら、それでも前に進んでいる。それが今の、等身大の自分だと思う。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。