「間違えて登記しちゃったんですが…」から始まった、地獄の3週間。―司法書士、震える。

「間違えて登記しちゃったんですが…」から始まった、地獄の3週間。―司法書士、震える。

「あの…登記、間違ってませんか?」という電話から地獄が始まる

その日は、朝からなんとなく落ち着かない日だった。晴れているのに気持ちは重たく、そんな中でかかってきた一本の電話。「あの…登記、間違ってませんか?」と静かに告げられたその一言に、心臓がひときわ大きく鼓動を打った。何を言われているのか、一瞬で理解できなかった。だが、口調からただごとではないことはすぐに察した。登記を間違えた――それは司法書士にとって、笑い話にはならない。「確認はしたはず」「漏れはなかった」と自分に言い聞かせながら、手元のファイルを開く指先が震えていた。

午前11時の電話。いつもと違う相手の声のトーン

電話をかけてきたのは、普段は穏やかな口調の不動産会社の担当者だった。だがその日の声はどこか冷たく、慎重で、そして緊張していた。「登記完了証を見た依頼者さんが気付いたらしくて…」と彼は続けた。何があったのか、まだ正確にはわからない。でも、明らかにこちらの手続きに不備があるらしい。手元にある控えを確認するたびに、胸がざわつく。見落としたか? 誤記したか? 自分で自分を疑いながら、頭の中が真っ白になっていった。

冷や汗が止まらない。書類を見直す震える手

プリンターから出てきた完了書類を再確認すると、「地番」の数字が微妙に違っていた。「12-4」と入力すべきところが「12-5」になっていたのだ。打ち間違いか、確認ミスか。どちらにせよ、依頼人の財産に関わる重大なミスであることは間違いない。とっさに「どうしてこんな初歩的な…」と自責の念が押し寄せてくる。デスクの上に置かれたマグカップのコーヒーは、手につける余裕もなく冷えきっていた。

見落としていた「1文字」。でもそれが致命傷

司法書士の仕事は、「たった一文字」のミスが命取りになる仕事だと改めて思い知らされた。修正にかかる時間、依頼者の信頼、そして自分の信用。どれも失ってはならないものばかり。結局、その一文字の違いを正すために訂正登記が必要になり、クライアントにも不安と迷惑をかける結果となった。この日から、「地番確認は三度見する」が自分のルールになった。

事務員の「これ、合ってますか?」という一言を思い出す

その数日前、事務員がちらりと書類を見ながら「先生、これって地番、間違ってないですか?」と聞いてきた場面を思い出した。私は「大丈夫、合ってると思う」と軽く流してしまっていた。あの瞬間にしっかり確認していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。だが、後悔は後からしかやってこない。「忙しさ」が判断力を鈍らせていたのは、言い訳にはならない。

忙しさにかまけた確認不足が、あとで自分を追い詰める

月末の案件ラッシュ、昼食抜きの連続対応、深夜まで続く調査…。それらを理由にして確認を怠っていた自分が、今になって重くのしかかってくる。司法書士という仕事は、「効率」で回すにはあまりに危うい業務が多すぎる。確認作業にこそ時間をかけるべきだった。それができなかった結果が、今回の失敗なのだ。

「あとでやる」が積もっていく恐怖

「あとでやるから」「今は急ぎの処理があるから」と後回しにしたツケは、たいてい何倍にもなって返ってくる。確認という一手間を惜しんだがために、数十倍の手間と心労が自分に返ってきた今回の件。あの日の自分に、「今すぐ確認しろ!」と叫んでやりたくなる。だが、過ぎた時間は戻らない。

人手が足りない小規模事務所の限界

うちは私と事務員一人の二人体制。繁忙期になると、どうしても業務が集中し、誰かが何かを見落とす。その「何か」が登記という取り返しのつかないものに直結するのがこの仕事の怖さだ。大きな事務所のようなダブルチェック体制も取れない。だからこそ、一つ一つを丁寧に見るしかないのに、それすら満足にできていなかった。

訂正登記の手続きと謝罪の地獄

間違いが発覚した以上、次にやるべきは訂正登記と謝罪。逃げ道はない。法務局への書類準備を進めながら、依頼者への謝罪の文言を考える。言葉を選んで、真摯に、でも過剰に不安を与えないように。これが一番難しい。電話口で「すみませんでした」と何度も頭を下げながら、自分の声が震えているのがわかる。

依頼者に説明する苦しさ。心の中で何度も土下座

「実は、地番の一部に誤りがありまして…」と切り出した瞬間、相手が沈黙した。怒りの声が返ってくるかと思ったが、意外にも冷静な対応だった。それが逆に、申し訳なさをさらに強くする。頭の中で何度も「ごめんなさい」とつぶやきながら、電話が終わったあともしばらく椅子から立ち上がれなかった。

役所にも平謝り。誰も怒ってはいないけど、心が削られる

法務局でも訂正の理由を説明しなければならない。書類の不備を認めて、訂正登記の手続きを進める。「よくあることですから」と優しく対応してくれた担当者の言葉が余計に刺さる。よくあるかもしれないけど、自分の中では「絶対にあってはならないこと」だった。怒られていないのに、自分を責めてしまう。

修正登記のための書類作成…通常業務がさらに後ろ倒しに

訂正のための申請書、添付書類、関係者への説明文…。やることは山積みで、通常業務は後ろへ後ろへと押し出されていく。この修羅場の3週間、睡眠時間も減り、精神的にもかなり追い詰められた。それでもやるしかない。司法書士としての責任を果たすために。

「やっちゃいけないことほど、やっちゃう」現実

人はミスを恐れるが、実際には「これは絶対に間違えちゃいけない」と思っていることほど、なぜか間違えてしまう。それはきっと、意識が過剰に働きすぎて、逆に注意が散ってしまうからかもしれない。完璧を目指すほど、心が疲弊して、思わぬ穴ができる。今回の登記ミスも、そんな「思い込み」が招いた結果だった。

ミスは誰にでもある。…でも司法書士は許されない?

ミスをするのは人間だから仕方ない、という言葉は確かにある。でも、それが司法書士の仕事で起こると、話は変わってくる。取り返しのつかない結果になることもあるし、依頼者の信頼を失えば仕事自体が成り立たなくなる。ミスの代償があまりにも大きい世界だということを、日々実感させられる。

仕事の重さと、自分の責任感が噛み合わなくなる瞬間

自分が背負うべき責任の重さと、実際の業務量が噛み合わないと感じることがある。「ここまで全部一人でやらなきゃいけないのか」と思うと、心が追いつかなくなる。特にミスが発生したときは、そのギャップが一気に爆発する。誰にも頼れず、誰にも言えず、ただ一人で悶々と反省している。

「もうやめたい」と思った夜の独り言

深夜、書類を前にして独り言のようにつぶやいた。「もう、やめたいな」。たった一言なのに、ものすごく重たかった。誰かに言うでもなく、自分自身への問いかけでもなく、ただ空気に放っただけ。でも、その一言を吐き出したことで、少しだけ気持ちが軽くなった。

それでも、明日は登記がある

それでも、朝はやってくるし、登記の依頼もやってくる。自分を責めても、仕事は止まらない。だから、また机に向かう。登記簿の一行一行を確認しながら、「次こそは絶対に間違えない」と自分に言い聞かせる。その繰り返しが、この仕事なのだと思う。

小さな成功が、自分を支えてくれるときもある

訂正登記が無事に完了し、依頼者から「大変でしたね。でもありがとうございました」と言ってもらえたとき、胸の奥がじんわりと温かくなった。完璧ではなかったけれど、最後まで責任を持てた。それだけでも、自分を少しは認めてあげてもいいと思えた。

事務員の気遣いに救われる日もある

事務所に戻った日、事務員がそっと「おつかれさまでした」と言ってくれた。机の上には、あたたかいお茶と、小さなチョコが置かれていた。気遣いが心に染みた。独りで仕事しているつもりでも、実は支えてくれる人がいる。そう思える瞬間があるだけで、少しだけ前を向ける。

完璧じゃなくていい。でも、ちゃんと向き合おうと思えた

完璧を目指して空回りするくらいなら、正直に、誠実に向き合おう。間違えたら謝って、正して、次に活かす。簡単なことじゃないけど、そうやって少しずつ、司法書士としての自分を育てていくんだと思う。これからもミスは怖い。でも、もう逃げない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓