封筒の中の嘘
それは月曜日の朝だった。郵便受けを開けた瞬間、嫌な予感が背中を這い上がった。無地の黒い封筒、差出人の記載なし。シンプルなのに、そこに込められた悪意がやけに重い。
宛名は確かに「司法書士 進藤様」。文字はきれいだが、どこか冷たさを感じる書体。中身を見るまでもなく、普通の郵便ではないと悟った。
朝の郵便受け
黒い封筒と無言の脅し
封を切ると、中にはA4用紙が一枚だけ入っていた。「すべてを知っている」「次はお前の番だ」――乱暴な文字で、赤いインクがまるで血のようににじんでいた。
こんなドラマみたいな脅迫状、本当にあるのかよ、と心の中でツッコみつつ、手がわずかに震えた。こんな時に限って、サトウさんはまだ来ていない。
差出人不明の怖気
封筒に残された唯一の手がかりは、裏面にかすかに押された「高津郵便局」の消印。それだけでは何もわからないが、少なくとも市外ではない。
頭の中では『名探偵コナン』のテーマが流れ始めた。だが、俺は高校生探偵でもなければ、身体が小さくなったわけでもない。元野球部で、今はただの司法書士だ。
動揺するシンドウ
「やれやれ、、、また面倒なやつか」
脅迫状を読み返しながら、自然とその言葉が口をついた。「やれやれ、、、また面倒なやつか」。思わず机の上の書類にため息を吹きかける。
正直、この年になると少しの脅しでは驚かない。けれど、それが事務所という”生活の本丸”に届くと、話は別だった。
内容に滲む個人情報の正確さ
手紙の中には、過去の業務にまつわる詳細な情報が記されていた。登記完了前に一度だけ揉めたあの案件、依頼人の名前、さらには俺の自宅の最寄り駅まで。
内部の人間か、あるいは依頼人の誰か。何にしても、情報の正確さが脅迫の深刻さを裏付けていた。
サトウの冷静な指摘
書体と文体の違和感
事務所に出勤してきたサトウさんに手紙を見せると、彼女は一言、「雑ですね」と呟いた。どうやら、文体の不自然さが気になったらしい。
「この書き手、たぶん書き慣れてないですよ。脅迫状のテンプレをネットで調べてそのまま写した感じ」――彼女の冷静さが、逆に怖かった。
切手の消印から始まる推理
「切手の消印、何時になってます?8時32分?じゃあそれ、昨日の夜投函されたやつですよ」
サトウさんはルーペで封筒を見ながら、「自分で投函してるか、もしくは近所の誰かですね」と淡々と告げた。
かつての依頼人との再会
遺言書にまつわる遺恨
サトウさんの助言で、ある一件が思い浮かんだ。半年前、遺言書の検認と相続登記を担当した案件。遺産相続で兄弟がもめに揉めたあの家族。
中でも末弟がかなり感情的で、俺に向かって「お前もグルだろ!」と怒鳴ってきたことを覚えている。
登記変更で生まれた怨恨
その後、兄が名義を取得して不動産を売却。弟は泣き寝入りの形となった。もしかすると、あれが動機なのかもしれない。
だが、証拠がない限り、ただの憶測だ。俺はプロとして動かねばならない。
新たな脅迫の波
第二の手紙と赤い万年筆の痕
数日後、二通目が届いた。今度は白い封筒に赤い万年筆で書かれた手紙。「次の登記で間違いがあったら、命の保証はない」と記されていた。
サトウさんは手紙の筆跡を前回と比較し、「明らかに違う人ですね」と断言。何かがおかしい。誰かが誰かを装っている。
事務所の鍵が合わない朝
そしてその翌朝、事務所の鍵がなぜか回らなかった。誰かが深夜に鍵穴を細工したらしい。ここまでされると、もう笑えない。
俺はようやく警察に相談する決心をした。司法書士だって命あっての登記だ。
サトウのトリック解明
封筒の折り目と左利きの筆跡
サトウさんは封筒の折り目と文字の流れから、「これ、左利きの人が書いた可能性が高いです」と分析した。左利きで、昔の依頼人。だいぶ絞られてきた。
そして思い出した。あの弟は左利きだった。彼は、俺が記載ミスをしたと思い込んでいた。
ポストに仕掛けられた嘘
さらに、ポストの内側には仕掛けがされていた。新聞を取り出したあと、意図的に封筒が外から落ちてくる仕組みだ。
つまり、外から誰かが見て「今入った」と錯覚する。犯人はタイミングまで演出していた。だが、その雑な設計で全てが崩れた。
決着の刻と一球の意地
元野球部が見抜いたスライダー
犯人が事務所の前に現れた時、俺は息を潜めて待ち構えた。肩をすくめて歩いてきた姿、そして左手に握られた鍵。やっぱりあいつだった。
「こんなことして、何がしたかったんだ?」と問うと、彼は涙目で「兄貴もお前も許せなかった」と言った。
犯人の手元に残った登録済み謄本
警察に引き渡すとき、彼のポケットから俺が作成した謄本のコピーが出てきた。あれだけ文句を言っておきながら、ちゃんと保管していたのかと思うと複雑だった。
最後の最後に見せた彼の表情は、まるでサザエさんの波平に叱られたカツオのようだった。
事件後の静寂
今日も郵便受けを覗く
事件は終わった。ポストには請求書とチラシだけ。それがなんと平和なことか、やっとわかった気がする。
サトウさんは「これで余計な仕事が減りますね」と言ったが、内心ちょっと寂しかったのも事実だ。
そしてまた、何かが届く気配
ポストの奥に、小さな白い封筒があった。差出人の名前は――「謎のご依頼人」?またかよ。
「やれやれ、、、」と呟きながら、その封を切る準備をするのだった。