司法書士事務所に訪れる依頼人の表情で分かる不安の重さ
私は45歳の司法書士だ。地方の小さな事務所で、頼りない事務員と二人三脚の日々を送っている。元々、人に優しく接する性格だが、その反面、日頃のストレスや疲れから愚痴は多くなる。最近では仕事ばかりで独身のまま、女性にもさっぱりモテず、鏡を見るたびため息をつく毎日だ。そんな私の唯一のやりがいが、事務所を訪れる依頼人の表情が少しずつ明るく変わっていく瞬間だ。今日も、朝から明らかに不安そうな顔で相談に来た依頼人がいた。私はその表情を見ると、つい昔の野球部時代の「負け試合」を思い出し、胸が苦しくなるのだ。
相談内容は複雑で不安が増すばかり
今日の依頼人は相続登記の相談に来た40代の女性だった。話を聞いていくうちに、兄弟間で揉めていることが分かり、単純に手続きを進めればいいだけではない状況だと理解した。登記自体は私の仕事なので問題ないのだが、人間関係まで絡んでくると話は別だ。法律で解決できても、人の気持ちまでは簡単には片付かない。こうしたケースでは、司法書士としての能力が問われる以上に、人間力が問われる気がしてプレッシャーを感じる。実は人付き合いが苦手な私にとっては、最も苦手なタイプの案件だった。
依頼人が理解できるように噛み砕いた説明を繰り返す
複雑な内容をできるだけ簡単に説明するために、法律用語を噛み砕き、身近な例えを用いて伝えることを心がけている。しかし、依頼人の表情を見ながら説明していると、自分の言葉が果たして伝わっているのか不安になる。私自身も、人に理解してもらうことが苦手で、ついくどくなってしまうことも多い。「もう少し簡単に言えないものか」と自問自答しながら、何度も言葉を変え、説明を繰り返した。その様子を見ていた事務員は「また始まったか…」と呆れ顔だったが、仕方ないじゃないかと内心ぼやいていた。
少しずつ表情が和らぐ依頼人の姿にホッとする瞬間
何度も説明を繰り返すうちに、依頼人が「ああ、そういうことだったんですね」と言ってくれた瞬間、ようやく肩の荷が降りたような気がした。その一言で場の空気が一変し、さっきまでの険しい顔が徐々に和らいだのだ。この時、司法書士をやっていて本当に良かったと実感する。愚痴ばかりで地味な仕事ではあるが、依頼人の安心した表情を見るのが私にとっての最大の報酬なのかもしれないと思う。事務員に視線を送ると、「よく頑張りましたね」と言いたげな表情で微笑んでくれた。ちょっと嬉しかった。
帰り際の依頼人が見せる笑顔が司法書士の心を癒す
相談が終わり、帰る際に依頼人が見せる笑顔が、私の日常のささやかな幸せだ。今日の女性も、帰り際に「ありがとうございました」と明るい表情で頭を下げてくれた。朝の不安顔はすっかり消え去り、まるで別人のようだ。この笑顔を見るために頑張っているようなものだと、つくづく感じる。ただ、この感動も一瞬だ。また明日になれば、別の依頼人の不安顔を見て、悩み、愚痴を言う日々が待っている。それでも、誰かを笑顔にできたという充実感は、何よりの支えになる。
報われない毎日の中で小さな成功を見つける大切さ
司法書士という仕事は地味で孤独だ。特に私は独身で、華やかな人生とは無縁だ。時折、野球部時代の輝いていた自分を思い出し、現状を情けなく感じることもある。事務員に「先生、また愚痴ですか」と言われても仕方がないだろう。しかし、そんな冴えない毎日の中でも、小さな成功を見つけて自分を励ましている。依頼人の笑顔が、まさにその成功だ。どんなに小さくても、自分の仕事が誰かの人生を少し良くしていることを実感できる。それだけで、この仕事を続ける意味があるのだと思うようにしている。
司法書士の仕事に悩んでいる仲間へのメッセージ
同業者の中にも、私と同じように悩みや愚痴を抱えている人はきっといるだろう。そんな仲間に伝えたいことは、司法書士という仕事が誰かの安心を作り出せる仕事だということだ。たまには疲れて愚痴も出るだろうが、その先には必ず誰かの笑顔が待っている。地味な日々を送る司法書士の仲間たちよ、どうか自分の仕事を小さな成功として感じてほしい。少なくとも私は、そんな日々の小さな喜びを頼りに今日もまた愚痴を言いながら頑張っている。