一息つく間もなく新しい案件がやってきた日
ようやく一件、完了。報告書をまとめ、法務局からの完了証を確認して、「ふぅ」と一息ついたあの瞬間。長かった。何度も依頼人と電話でやりとりして、書類の不備を修正して、ようやく終わった…。そんな安堵の時間も、ほんの数分だけだった。机の上に置いたばかりのコーヒーに口をつける前に、電話が鳴った。嫌な予感はする。こういうときの電話は、だいたい「終わった案件」に絡んで、何かが始まる。まさにそんな日だった。
完了の連絡を入れた直後に鳴った電話
「お世話になっております、〇〇ですけど…」と聞き慣れた声。さっきまでやっていた案件の依頼人だ。「ありがとうございました、助かりました」と丁寧な言葉に、こちらも思わず「いえいえ」と返す。そこまではよかった。問題はそのあと。「実は…」という枕詞にゾワッとする。「実は、今回の登記が終わったので、別の物件の方もお願いしたいんですが…」はい、出ました。完了の連絡がきっかけで、新しい登記が始まるパターン。まるで終わらせたはずの仕事が、自動で次を呼び寄せる呪文のよう。
安堵の余韻をぶち壊す一言
「ついでにお願いできませんか」って、どうしてこう軽く言えるんだろう。いや、気持ちはわかる。信頼してもらってる証だとも思う。でも、こちらはやっと終えたばかりで、まだ頭の中に前の案件の細かい情報が残っている状態なんだよ。そりゃ“ついで”に見えるかもしれないけど、実務上は全然別物。しかも、新しい案件の方が面倒なケースが多い。書類が足りてなかったり、相続人が複数いたり、所有者の住所変更が絡んでいたり。そういうときほど「サクッと頼みます」と言われがちなのが、現場あるあるだ。
ついでにこれもお願いできませんか問題
この「ついでに」ってやつ、ほんと厄介。悪気はないんだ。分かってる。でも、こっちとしては段取りも流れも、いったん区切ってる。再び別の資料、別の法務局、違う登記原因。しかも、相手が「ついで」と言っている手前、「いえ、ついでは無理です」とも言いづらい。この断りづらさ、なんとかならんかといつも思う。そうしてまた、新しい登記簿を開く手が伸びる。自分の中で「完了」の感覚が薄れていく日々。
頭を切り替えられないまま始まる別件
仕事って、ほんとに“スイッチ”じゃない。一度オフにした頭をすぐにオンにするのは無理がある。たとえば野球でいうなら、9回裏まで投げきってマウンド降りたと思ったら、またすぐマウンド上がれって言われるようなもん。しかも新しい打者は左打ちで、前の配球とは全然違う対応が求められる。頭がついていかないし、集中力が保てない。そんな中で始まる新しい案件。ケアレスミスのリスクも高まるし、何より気が乗らない。
終わった登記と似ているようで違う書類
不思議なもので、完了したばかりの案件と似たような書式を使っていても、内容は全然違う。例えば住所変更の登記なんて、一見単純そうに見えて、ちょっとした不備で戻ってくる。印鑑証明の有効期限とか、旧姓のままの戸籍の扱いとか、ほんの少しの違いが致命的だったりする。さっきの登記と同じテンプレートでいけると思ったら、違うパターンで提出書類が変わってくる。この“似て非なる”ややこしさが、司法書士の地味なストレスの温床だ。
地味に違う依頼主のクセと癖
案件が変われば、依頼主も変わる。いや、同じ人でも態度が微妙に違うときもある。「あの書類、送っときましたよね?」とか言いながら、実際は別の人宛に送ってたり、期限が切れてたりする。しかも、悪気がないのがまた厄介。こっちは事実を指摘したいだけなのに、責めてるように思われてしまうこともある。言い方を選んで気を遣って、でもやることは増えて…。そんな地味なやりとりが、地味に効いてくる。
ひと区切りのつもりが連続作業の罠
「終わった」と思って気を抜いた瞬間、次が始まる。これ、ある意味で司法書士の宿命かもしれない。ひと区切りつけたい。でも現実は、区切りをつけたくても次が押し寄せてくる。しかもタイミング悪く。仕事って、こっちが終えたくなる瞬間ほど、なぜか続くんだよな…。
気が抜けたときに限ってうっかりが出る
「もう大丈夫」と思ったときが一番危ない。まるで野球で言うところの“勝ち試合の最終回”で油断して逆転されるパターン。登記でも、最後のチェックを気を抜いて見落とすことがある。法務局から補正の連絡が来たときのあの胃の痛み。こっちが勝手に終わったつもりになってるだけで、相手(案件)は全然終わってなかった、ってことがよくある。
さっきの案件と混ざったらどうしよう不安
似たような書類、同じ依頼主、重なるタイミング。これはもう、混乱の温床でしかない。間違えてさっきの書類をこっちに使ったり、添付書類を逆に入れたり。事務員さんに確認してもらって助かることもあるけど、自分一人のときはマジで怖い。パニックになるほどではないけど、じわじわくる焦り。やり直しになったらどうしようっていう不安がずっとつきまとう。
集中力の持ち直しが一番の難関
一度落ちた集中力って、簡単には戻らない。リズムが崩れた状態で、書類のチェックや押印の確認をするのは、かなりの神経を使う。ちょっと気を抜くと、書式を誤ってしまう。なのに「またお願いね」と言われると断れない。結局、自分のメンタルを押し込んでまた仕事に戻る。その繰り返しが、じわじわと効いてくる。
それでもなんとかやっていく日常
どんなにバタバタでも、仕事は回していかなきゃならない。誰かが倒れても代わりはいない。だから、泣き言を言いつつも手は動かす。気力がなくても書類を揃える。そんな毎日の繰り返し。それが、司法書士の「普通の一日」なのかもしれない。
終わりがないことに慣れていく感覚
昔は「終わったら休もう」と思っていた。けれど、最近は“終わりが始まり”だと割り切るようになった。終わった瞬間に新しい波が来るなら、もうそれに慣れるしかない。良くも悪くも、それがこの仕事の“リズム”なのかもしれない。
ミスをしないように祈りながら手を動かす
誰かに褒められることもない。手当もつかない。でも、依頼人の役に立つことだけはわかってる。だから、今日も書類を揃えて、必要なハンコを集めて、静かに祈る。「どうかミスしませんように」。それだけが、いまの自分の仕事の中で、唯一願うことかもしれない。
やりきったより終わらせただけの実感
達成感なんて、最近は感じていない。ただ「今日も終わらせた」と思うだけ。やりきった感じゃない。ただ、止めなかったこと。投げ出さなかったこと。それだけが、自分の中で唯一自分を許せる理由になっている。