境界杭が示した嘘

境界杭が示した嘘

朝の境界立ち合い依頼

山あいの土地と三本の杭

朝の事務所に一本の電話が鳴った。相続登記を進めていた山林の境界立ち合いに立ち会ってほしいとの依頼だった。地目は山林、現地には三本の境界杭があるというが、どうも話が合わないらしい。僕はその手の立ち合いは気が重い。なぜなら、境界の話はたいてい、人間関係のこじれた縮図みたいなものだからだ。

サトウさんは何も言わず、測量図と地積図のファイルを僕の机の上に置いてくれた。その手際の良さと冷ややかな視線に、朝から胃がキリキリする。

「今日も地雷案件ですね」とサトウさん。やれやれ、、、逃げ出したくなってきた。

測量士が語る違和感

少しずれているはずの杭

現地で待っていた測量士は、古参の職人風の男だった。「おかしいんですよ、この杭。座標と合ってるようで合ってない」。彼が指差す境界杭は、目には見えない微妙な違和感を放っていた。まるで“動かされたこと”を黙って告白しているようだ。

隣地の所有者も来ていたが、「杭はずっとこの位置だ」と言い張って譲らない。現場には妙な緊張感が漂っていた。

僕は黙ってメモを取った。こういう時、言葉は余計な火種になることが多い。

土地の所有者が主張した境界

杭は絶対に動いていないと言うが

依頼主である相続人は、父親の死後にこの土地を相続したが、昔の境界の話はまるで知らないという。だが隣地の老人は「これは昔からの位置だ」と声を荒げる。

「証拠ならここにある」と出してきたのは、手書きで汚れた古い地図。まるでサザエさんのカツオが社会科の課題を忘れて前日に描いたような雑さだった。

その地図には、確かに現在の杭の位置が描かれていたが、縮尺も座標も曖昧だった。

突然の遺体発見

杭の傍に埋められていたもの

その日の夕方、測量士から再び電話がかかってきた。「境界杭の根元を掘ったら、骨が出たんです」。僕は思わず電話を落としかけた。どうしてそんなものが?

警察が現場を封鎖し、調査が始まる。掘り出されたのは人骨だった。しかも、ご丁寧に古いワープロで打った相続放棄の申述書が一緒にビニール袋に入っていたという。

「やれやれ、、、ただの杭の相談じゃ済まなくなってきたぞ」と、僕は空を見上げた。

サトウさんの一言

この地積測量図、おかしいですね

事務所に戻ると、サトウさんが無言で一枚の測量図を突き出してきた。「この杭、平成十年の測量で一度動かされてます」。指摘された箇所には修正液の跡と、二重線があった。

「誰かが修正を隠そうとしてる……」サトウさんの声は低いが、確信に満ちていた。

僕は、もう逃げられないと悟った。

昔の登記簿を洗い直す

所有者の過去に隠された相続トリック

法務局に行き、閉架書庫から古い登記簿を取り寄せた。すると、現所有者の父が登記上は兄弟に土地を贈与したことになっていた記録が残っていた。しかし、不自然なことに、贈与されたはずの兄弟の名義は一度も登記されていなかった。

「これは典型的な登記飛ばしですね」と窓口の登記官がぼそっと漏らした。

登記官も、何か気づいているようだった。

動かされたのは杭か記憶か

第三者の証言が割れる

近所の古老たちの話も聞いて回った。ある者は「杭は10年前に動かされた」と言い、ある者は「ずっと変わらない」と言う。

記憶というものはあいまいで、時に事実をねじ曲げる。だが、その中に確かに“動かされた”とする証言が複数あった。

それは、単なる記憶違いではないと感じた。

登記官のサインに注目

境界確認書の謎の欄外メモ

境界確認書の原本を精査していたとき、欄外に小さな手書きの文字を見つけた。「再測量要請 受理済」とある。日付はちょうど10年前のものだった。

再測量を誰かが求めていた。そして、その直後に境界杭が動いていたのだ。

僕の中で、点と点がつながり始めていた。

測量図に書かれなかった事実

手書きの誤差と計画された改ざん

測量図の電子データと手書きの控えを照合すると、微妙な座標のズレがあった。わずか数センチのズレだが、山林の境界では大きな意味を持つ。

それは偶然の誤差ではなかった。故意にずらされた数値だった。

つまり、境界杭は“動かされた”のではなく、“動かしたことにされた”のだ。

決定的な証拠は空から来た

ドローンが捉えた杭の痕跡

協力してくれた測量会社が、数年前のドローン映像を持っていた。その映像には、現在の杭とは違う位置にあった痕跡が映っていた。

つまり、杭は実際に「動かされた」。そして骨が埋められたのは、その直後だった。

犯人は、杭を動かしたついでに、人間まで動かしたのだ。

シンドウの推理

境界杭は夢を見たのではない

境界杭が「夢を見た」とは、つまり人間の都合で現実をねじ曲げられたという意味だ。現実は、測量図でも地積図でもなく、誰かの嘘の中にあった。

僕は、境界確認書に記載されていた人物の中に、唯一登場しない相続人の名を見つけた。それが、骨の正体だった。

全ては、相続の独占を目的とした完全犯罪だった。

真犯人とその動機

境界をずらして得たもの

犯人は、兄を殺し、埋め、境界を動かして自分の相続分を増やした。書類を改ざんし、記憶をねじ曲げ、杭を動かして真実を隠した。

「やりすぎたな」僕はそう言って、書類を束ねる。

正義なんて大げさなものじゃない。ただ、嘘の登記は、許されないのだ。

やれやれ、、、また登記の手直しか

今日もサトウさんは冷たい目で見てくる

事件が片付き、事務所に戻ると、サトウさんがポツリ。「じゃ、修正登記、お願いします」。彼女の声に皮肉はない。ただ、淡々としていた。

僕は深いため息をついてPCを立ち上げた。「やれやれ、、、これが本当の“事後処理”ってやつか」

サザエさん一家は今夜も平和だけど、うちの事務所には、まだ明日の地雷が眠っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓