第一章 相談者は過去を隠していた
相続登記の依頼と沈黙する依頼人
ある初夏の午後、事務所に現れたのは無口な年配の女性だった。亡くなった兄の土地の相続登記を依頼したいというのだが、どこか話を濁している様子が引っかかった。必要な書類は一通り揃っていたものの、彼女の目には何かを隠している気配があった。
サトウさんの冷静な分析
「この人、戸籍は出してるけど、被相続人の死亡届が新しいんです」 そう言いながらサトウさんは淡々と資料をチェックしていく。冷たいようで実に頼りになる分析だ。私は椅子に深く座り込み、彼女の指摘を頭の中で噛み砕いていた。
第二章 書類に残された不自然な記載
古い地番と一致しない筆界
提出された地番図を見て、私の眉間には自然とシワが寄った。現在の地番と一致していない線が引かれていたのだ。筆界未定のまま放置された山林、相続の対象になっているのにどこかの土地と接していない。こんなややこしいのは、だいたいロクなことにならない。
手書きで追記された相続人名
さらに問題だったのは、被相続人の兄妹として記された名前のひとつが手書きで後から追記されていたことだった。まるで古い推理漫画のように、不自然すぎて逆に目立っていた。「こんなの、まるで『誰かがワザと書き足した』って言ってくれって言ってるようなもんですね」とサトウさん。はいはい、そうですね。
第三章 戸籍の闇に潜む違和感
死亡日と相続放棄の不一致
戸籍の附票を調べると、被相続人が死亡した日付と、ある相続人が放棄した日付に違和感があった。放棄届が出されたのは死亡からわずか二日後。あまりに迅速すぎる行動に、計画性すら感じられる。もしかして、これは何かを知っていた者の動きか。
昭和の改製原戸籍に眠る秘密
私は埃まみれの改製原戸籍をめくっていく。昭和の終わり頃、兄が行方不明届を出された形跡があった。だが、その後の除籍にはその情報が一切記されていない。「おかしいな。抹消されてるってことか?それとも最初から登録ミス?」 やれやれ、、、また一筋縄ではいかない案件だ。
第四章 村の噂と失踪した兄
登記に現れない存在
地元の村役場に電話をかけ、古い記録を調べてもらった。すると、失踪した兄には子どもがいたという話が浮かび上がった。しかし、その子はどこにも記録されていない。まるで“幻の相続人”のように、その存在は証明できないままだった。
行方不明届と謎の証人
届け出の証人欄に記されていたのは、被相続人の親戚筋でも何でもない人物の名前だった。しかも、その人物は十年以上前に亡くなっている。「サザエさんの登場人物だったら、波平が『こらカツオ!』って怒鳴るレベルの不自然さですね」とサトウさん。いや、それはちょっと違う気もするが。
第五章 僕が気づいた小さな誤字
法定相続情報の記載ミスが示すもの
疲れ目の中で、私はふとある漢字の違いに気づいた。「和也」と書かれるべき名が「知也」となっていたのだ。この小さな誤字が、全ての鍵になった。別人として登記が処理されていた可能性が高い。これはミスじゃない。誰かが意図的にやったに違いない。
やれやれと頭をかいたその時
額をぽりぽりと掻きながら私は思わずつぶやいた。「やれやれ、、、何か見落としてるな」。すると背後から「見落としてるんじゃなくて、最初から目を逸らされてたんですよ」と冷静な声。サトウさんの言葉が、またしても核心を突いていた。
第六章 登記官とのやりとり
職権での補正とその意味
法務局に確認を入れると、登記官も不審に思っていたようで、調査中とのことだった。「職権で修正が入るかもしれません」との連絡が入る。これは、こちらだけでなく行政側もこの件に違和感を持っている証だ。
記録された電話メモの内容
後日、提出されていた電話メモの写しが届いた。そこには依頼人が法務局に「このまま進めてほしい」と繰り返し念押ししていた記録があった。焦っていたのは明らかだった。なぜそこまで急ぐのか。なぜ、そこまで隠したいのか。
第七章 真相をつなぐ二つの登記簿
山林の共有持分と旧家の謎
二つの登記簿を照合していくと、失踪した兄とされる人物が実は山林の共有名義人として生きていた記録が見つかった。つまり、死亡とされた時点で、その人物はまだ生存していたことになる。登記上の虚偽の申告が行われていた疑いが強まる。
消された名義人の正体
その名義人の記録は、平成に入った頃に一度削除されていた。そして削除の申請者は、依頼人本人だった。「この人、兄の失踪を利用して土地を丸ごと手に入れようとしたんじゃないですか?」とサトウさん。彼女の言葉が、全ての糸を手繰り寄せた。
第八章 最後の証言者は誰だったのか
おばあちゃんの一言に隠された鍵
村の古老に電話をすると、昔話のような口調で言った。「あの子は東京に行ったはずだよ。死んだなんて聞いてないけどねぇ」。それが真実だとすれば、今もどこかで生きている可能性があった。そして、法的にはまだ相続人の資格があるということだ。
法務局で語られた真実
法務局から再度連絡が入り、登記は一時停止となった。調査の結果、死亡とされた人物の死亡届が偽造の疑いありとして取り扱われることになった。司法書士の立場としては、正式な確定が下りるまで動けないが、真相はすでに見えていた。
第九章 全ての線が繋がる瞬間
サトウさんの推理が導いた答え
「おそらく、あの山林が売却対象になっていたんですよ。早く処分して現金化したかったんでしょうね」とサトウさん。登記の時系列をつなげてみれば、全ての操作は計画的だった。司法書士が気づかなければ、すべて闇に消えるところだった。
僕のうっかりが解決の糸口に
皮肉な話だが、あの小さな誤字に気づいたのは、ただの疲れ目のおかげだった。目を休めるつもりでぼんやり見ていたからこそ、逆に違和感を見つけたのだ。うっかりも、時には役に立つ。
第十章 登記が完了した朝に
遺された手紙と優しい嘘
後日、依頼人から手紙が届いた。「本当は兄が生きているのを知っていました。だけど、私は土地が欲しかった。すみません」。そこには後悔と、自分なりの正当化が綴られていた。人間って、そんなものかもしれない。
小さな司法書士事務所の静かな午後
事務所には、今日も書類の山。サトウさんは相変わらずの塩対応だが、たまにふと優しげな目をする。私はため息をつきながらも、次の登記案件に目を通した。 「やれやれ、、、こっちはこっちでドラマがあるんだよな」