死体は境界を越えない

死体は境界を越えない

境界の村と司法書士の出張

山奥の調査依頼

「先生、境界線の件でちょっと見ていただきたい土地がありましてね」
そう言って電話してきたのは、隣町の町役場の古株らしい。面倒そうだなと思いつつも、受けざるを得ない。
こうして、俺は久々にスーツを脱ぎ捨て、長靴と測量用の地図を片手に山間の村へと向かうことになった。

境界線上の奇妙な印

問題の土地は、山の中腹に位置する農地の一画。そこには明らかに不自然な盛土があった。
杭のすぐ脇に、まるで誰かが土を急いで戻したかのような跡。境界確定どころじゃない。
「これ、埋まってますよね」と言ったのは同行した測量士の一言だった。

死体発見と混乱の始まり

埋まっていたもの

翌朝、警察が呼ばれ、掘り返された土の中から出てきたのは、一人の男の遺体だった。
死後数日。顔には布がかぶせられ、身元は不明。だが、着ていた作業着には村の農協の刺繍が入っていた。
境界線の上に埋められた死体。誰が、何の意図でここに埋めたのか。

土地の所有者は誰なのか

境界線を越えると所有者が変わる。司法書士の出番だが、登記簿を見ても、どうにも歯切れが悪い。
登記簿の筆界と実測図が一致しないのだ。古い地積測量図が手がかりになるが、保存状態が悪すぎる。
サトウさんに事務所から送ってもらった過去の測量データが唯一の頼みだった。

測量図が語るもの

古い地積測量図の謎

古い図面には、今とは違う境界線が引かれていた。だが、その図面には訂正印がなく、正式なものではなかった。
しかも、そのズレた境界線のあたりに、件の遺体が埋まっていたことになる。
誰かが意図的に、土地の境界を利用した? そんな疑念が頭をよぎる。

筆界と所有権のズレ

法務局で再確認した筆界点は、現在の測量結果と矛盾していた。どうやら誰かが杭をずらした形跡がある。
しかも数日前に、現地で何者かが無断で作業していたという目撃証言も出てきた。
怪しいのは地主ではない。隣の畑の男、いや、元地主だ。

動き出す村人たち

疑われた隣人

かつてその土地を所有していた隣人は、土地を手放した後も畑仕事を続けていた。
だが、境界線の変更後、農協からの補助金対象外となり、トラブルになっていたと村の噂。
「なんだよ、サザエさんじゃあるまいし、隣人トラブルで事件かよ」と心の中で呟く。

サトウさんの冷静な分析

「司法書士さん、それ、筆界点の変更届出してないですね。しかも、その変更理由、空欄になってます」
送られてきたファックスには、明確な不備が記されていた。相変わらず冷たいが、頼りになる。
この女、やっぱり只者じゃない。事件の核心に近づいた感覚があった。

司法書士シンドウの迷走

やれやれ、、、やっぱり俺の出番か

警察も村も混乱気味。土地のことなら俺の方が詳しい。となると、説明役は俺しかいない。
やれやれ、、、結局こういう役回りになるんだよな。目立ちたくないのに。
仕方なく現地調査を再開し、測量記録の微妙な違いを洗い出す。

見落としていた数字

昭和58年の測量図と平成のデータで、わずか2メートルのズレ。だが、それが死体の位置に一致した。
つまり、誰かがその古い地図を元に「死体を境界の外に出す」ためだけに埋め直した可能性がある。
「人を殺してまで土地を守りたかったのか」思わず声に出た。

境界の外にある動機

誰が線を動かしたのか

浮上したのは、農協の元職員。土地の境界の知識があり、古地図にもアクセスできる立場だった。
彼の家から見つかったのは、境界線と杭の詳細が書かれたメモと、血のついた軍手。
完全に証拠がそろった。境界を知る者しかできない犯罪だった。

土地と遺産の意外な関係

殺された男は、実は地主の遠縁で、土地の相続権を持っていた。だがそれを知らなかったらしい。
それを知った農協職員が先に動いた、という筋書きが成り立つ。
遺産も補助金も失いたくなかった。そのために人を殺し、土地に埋めた。

真犯人の告白

境界線に込めた過去

「悪いのは全部境界線なんだよ、、、あんなもんがなけりゃ、揉めなかった」
自白は静かだった。村の未来よりも、自分の安定を選んだ男の哀れな姿だった。
俺は言葉もなかった。司法書士として、こういう場面に慣れてるはずなのに。

嘘と正義の交差点

法は全てを裁けない。でも、境界線のように、線があることで守れるものもある。
今回の事件で、それを俺は痛感した。筆界が、嘘を暴いたのだ。
サトウさんの言うとおり、数字は裏切らない。

境界線の修正とその後

測量のやり直し

村の依頼で、測量を一からやり直すことになった。俺の地味な仕事が、少しだけ誇らしく思えた。
境界を正す。それはただの線引きじゃない。過去と未来の整理整頓だ。
俺のような地味な男にできる、数少ない正義かもしれない。

村に戻った静寂

あれから数週間、村には静けさが戻った。補助金も見直され、揉め事も収まったらしい。
死体のあった場所には今、花が供えられている。誰が置いたかは、聞かないことにした。
人は死んでも、土地は残る。記録も、線も、残る。

司法書士の帰路

シンドウの独り言

バス停で一人、缶コーヒーを飲みながら考える。
やれやれ、、、また書類仕事が山積みだ。
事件が片付いても、日常は容赦なく続く。俺の人生そのものだ。

塩対応でもやっぱりサトウさんがいないと

「先生、境界の報告書、早く出してくださいね」
事務所に戻った瞬間のサトウさんの一言。冷たい。でも妙に安心する。
たぶん、俺にはこの塩対応がちょうどいい。事件の後だからこそ、そう思えた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓