開業当初の自分に耳元でささやきたいこと
とにかく見栄を張るなと伝えたい
開業したばかりの頃の自分は、とにかく「ちゃんとして見えること」に必死だった。事務所の内装に妙にこだわり、まだ仕事も少ないくせに無駄に広いスペースを借りて、誰が来るわけでもないのに応接セットまで揃えてしまった。今思えば、完全に見栄。見た目を整えることで、どこか「ちゃんとしている司法書士」としての体裁を取りたかったんだと思う。けれどそんな外側を飾っても、依頼は増えなかったし、支出ばかりが増えて心はどんどんすり減っていった。
「立派な事務所」よりも「回る事務所」
事務所を開くというのは、ある種の夢でもある。「いつかは自分の城を持つんだ」と。でも現実の経営は厳しくて、そんな夢だけでは食べていけない。無理に整えた応接室はほぼ使われず、維持費と冷暖房代だけが嵩んでいった。結局、狭くても仕事が回る体制を優先すべきだった。ちゃんと回る事務所、それが本当に“立派”な事務所なんだと気づくまでに、随分と無駄を重ねてしまった。
印象より中身を整えろと言いたい
誰に向けて自分を飾っていたのかと、今では不思議に思う。依頼者は見た目の高級感より、ちゃんと話を聞いてくれるか、対応が早いか、信頼できるかを見ている。開業当初の自分には、「まずパソコンの設定とスケジュール管理を覚えろ」と言いたい。中身が空っぽのまま見栄だけで固めた事務所ほど、実はもろいものはない。
無理なローンはただの足枷
あのとき高性能なコピー機に月額3万円のリースを組んだこと、いまだに思い出すと胃が痛くなる。売上がない月にも、きっちり請求だけは来る。銀行からの借入も、最初は「運転資金のため」と思っていたけど、気づけば見栄の維持費に消えていた。ローンを抱えて働くと、心が追いつめられる。今なら、必要最低限でスタートする勇気を持てと言いたい。
いい人でいようとしすぎるな
開業したての頃って、依頼をもらえるだけでありがたい。だからついつい、相手の顔色をうかがいながら、無理な要求も受けてしまう。でも、いい人を演じてばかりいると、自分の首を絞めることになる。誰かのために動いているつもりが、いつの間にか自分の時間も健康も奪われていることに、ある日気づくんだ。
依頼者の「お願い」は断ってよかった
「ほんのちょっとだけだから」「すぐ終わるから」という言葉に何度引っかかったことか。結局、簡単なお願いなんてひとつもなかったし、終わらない案件ばかりだった。それでも断れなかった自分に、「それ、断ってもいいんだぞ」と言ってやりたい。依頼者の要求すべてを受け入れることが、プロじゃない。線を引く勇気が必要だった。
人のために動きすぎて自分がボロボロに
お客さんのため、事務員のため、親の期待のため…いつも「自分以外の誰かのため」に動いていた。でも結局、倒れてしまったら何もできない。体調を崩した日、ふと鏡を見たら、自分の顔が思いのほか老けていてショックだった。無理して働いても、誰も褒めてくれない。まずは自分を守ることが、長く仕事を続ける一番の方法なんだと思う。
いい人は損をするだけのときもある
「優しい司法書士さんですね」と言われて嬉しかった。でも、そう言ってくれた人は二度と依頼には来なかったし、評判が回ることもなかった。優しさだけじゃ生き残れない。必要なのは、時に冷たく見えるくらいの判断力と、断る勇気。優しさを盾にするだけじゃ、信頼は築けないってことを、もっと早く知っておきたかった。
相談できる仲間をもっと早く作れ
独立したら一国一城の主、という言葉に酔っていた。でも、実際はただの孤独なオフィス。誰にも聞けず、誰にも愚痴れず、壁に向かって「これでいいのか」とつぶやいていた日々。誰かに相談することは甘えじゃない。むしろ、生き残るための知恵なんだと今は思う。
同業者とのつながりが心の支えになる
ある日、ふと勇気を出して参加した司法書士の勉強会。初めて会う人たちに「こういうときどうしてます?」と聞いたら、意外にもみんな似たような悩みを抱えていた。それだけで心が軽くなった。同業者とのつながりは、技術の交換以上に、心の支えになる。もっと早く動いておけばよかった。
一人で抱えるのは限界がある
全部自分でやろうとするのが開業直後あるある。でも、限界はあっという間に来る。時間も体力も、精神力も底をつく。あの頃の自分に、「一人で抱え込むなよ」と本気で伝えたい。手伝ってくれる人、話を聞いてくれる人、意見を言ってくれる人——誰かがそばにいることで、どれほど救われるか。
愚痴を言える場所があるだけで救われる
誰にも話せないまま溜め込んだ不満や怒りって、いつかどこかで爆発する。それが身体に出たり、ちょっとしたことで爆発したり。今では、同業の友人とたまに飲みに行って、仕事の愚痴を言い合える時間がすごく貴重だと感じている。愚痴る場所があるだけで、もうちょっと頑張れるんだ。