一通のメールに人生ごと持っていかれる日

一通のメールに人生ごと持っていかれる日

朝の予定なんてただの幻想だった

朝、出勤してパソコンを立ち上げるとき、今日はあれとこれをやって、あの件は午後にまとめよう、なんて一応計画を立てる。でも、それが机に座って5分で崩れるのは、もう何度目か分からない。特に「この日こそは片付けよう」と思っていたタスクがある日に限って、決まって“アレ”が来る。そう、予想もしないメール。しかも、だいたいが面倒で、どう返すか迷うやつ。まるで高校野球の試合前に「今日は雨の予報だぞ」と言われるような、出鼻をくじかれる感じ。しかもその予報、だいたい当たる。

机に向かって五分で崩れた一日の計画

午前9時3分。予定していた書類の整理を始めようとしたその瞬間、受信ボックスにピコッと一通のメールが届いた。件名を見て、すぐに「あ、これは時間がかかるやつだな」と察する。差出人は、以前登記でちょっとトラブルになりかけた依頼人。しかもメールの内容がまた複雑。「登記済証をなくしたかもしれませんが、ないことを証明してもらえますか?」って、いやそれ、どうしたらいいの。午前の計画はその瞬間、虚空に消えた。まるでノーアウト満塁でエースが自滅したときのような絶望感。

優先順位なんて現場には通用しない

よく「やるべきことをリストにして優先順位をつける」とかビジネス書に書いてあるけれど、この仕事をしていると「優先順位?それって食えるの?」ってなる。相談者のメールは基本“今すぐ”の対応を求めてくるし、こっちだって「今日中にやっておかないと面倒になる案件」を抱えている。でも実際には、その都度降ってくる急ぎの案件に振り回されるだけ。もう、自分の予定帳には「未定」と「保留」しかないような気がしてくる。

差出人の名前で覚悟が決まる瞬間

メールの差出人を見た瞬間に「あ、この人のは軽く30分は潰れるな」と思うことがある。特定の名前に反射的に反応してしまうようになったのは、職業病かもしれない。経験上、長文・曖昧・何が聞きたいのか分からない、この三拍子が揃ったメールは、だいたい一日を奪っていく。こっちは昼ごはんをコンビニで済ませながら、返信文を頭の中で組み立てる羽目になる。別に誰も責めてないんだけど、なんか、毎回が全力投球すぎてしんどい。

その一通のメールがすべてを持っていく

結局、そのメールにかかりっきりになってしまった。返信するにも慎重さが求められるし、場合によっては確認のために法務局や他の専門家に問い合わせることもある。気が付けば、午前が終わり、午後も半分終わり。今日やるはずだった「本命の仕事」には一切手をつけられなかった。やっと返信を終えて送信ボタンを押した時、ちょっとだけ虚しくなる。あのメールは、ただの「問い合わせ」だったのに。

依頼でも苦情でもない 謎の問い合わせ

よくあるのが「登記が終わったあと」に来るメール。依頼人から「ところでこの不動産、借りてる人がいるって聞いたんですけど…」とか。終わったあとに言われても、もうどうにもならないし、そもそもそれ、登記とは関係ない。でも「ご質問ありがとうございます」と前置きしつつ、丁寧に説明してしまう。そうしないと、変なクチコミでも書かれそうで怖い。だから一通の“関係ないメール”に対しても、1時間以上かけて返信してしまう。まったく割に合わない。

何が聞きたいのか分からないときの絶望

最も困るのが「何を聞きたいのか分からないメール」。たとえば「登記のことを少し教えてください」とだけ書かれたメール。いや、何の登記?どこの物件?どなたですか?とツッコミどころ満載。こちらが返信のために情報を集めようとすると、それだけで時間が消える。まるで相手がサインも出さずに盗塁してきて、こっちはキャッチャーとして、どこに投げたらいいか分からず立ち尽くす…そんな感じ。

ひとり事務所の弱点が浮き彫りになる瞬間

この事務所、事務員さんが一人いてくれるだけでもありがたい。でも彼女が休みの日や別の仕事をしているときは、すべての雑務が僕の肩にのしかかる。そういうときに限って、ややこしいメールや電話が重なる。「こんなとき、あと一人いれば…」と何度思ったことか。自分の無力さと孤独を痛感する時間だ。

「ちょっと調べておきます」が命取り

一見軽く聞こえる「ちょっと調べておきます」が、実はとんでもない地雷だったりする。軽い気持ちで引き受けてしまうと、まるで底なし沼。どこまでも深くて抜け出せない。途中で「これ、本当に必要だったのかな」と疑問に思う頃には、すでに戻れない場所まで来てしまっている。そうなると、他の仕事にも支障が出る。効率?そんな言葉は夢の中で聞くやつだ。

事務員さんに頼めない時の孤独感

本当にしんどいのは、自分しかいないとき。事務員さんは頼りになるけど、当然ずっと手が空いてるわけじゃない。電話が鳴り、メールが入り、来客があり…全部ひとりで処理していると、「俺、なんのために司法書士になったんだっけ?」とふと思う。専門的な仕事をするために資格を取ったのに、現実は雑務に追われて終わる日が多い。これは“やりがい”とは呼ばない。

バックアップがいないというプレッシャー

大手の事務所なら、誰かがカバーしてくれるかもしれない。でもうちみたいな小さな事務所では、自分が潰れたら終わり。病気になったら?倒れたら?そう考えると、精神的なプレッシャーは常にのしかかってくる。一通のメールで体調が悪くなったような気すらしてくることもある。笑いごとじゃなくて、ほんとに。

結局今日もこれで終わったという徒労感

こうして今日も、予定していたことは一つも終わらないまま日が暮れる。唯一終わったのは「メールの返信」。でもそれで感謝されるわけでもなく、ただ「送った」という事実だけが残る。自己満足にもならない。野球で言えば、ずっと守備だけしてて、バッターボックスに立つ機会すらなかった、そんな一日。

進んだのは受信トレイの未読が既読になっただけ

一日を振り返って、何をやったかと問われれば「メール1通に返事した」としか言いようがない。書類の山も片付かず、タスク管理アプリは未完了の赤マークで埋まっている。それでも、「あのメールにちゃんと対応した自分」を自分で認めるしかない。誰も褒めてくれない仕事の連続だからこそ、自分で自分を褒める技術が必要なのかもしれない。

メールひとつに振り回されている自分が情けない

あのメールがなければ、今日やるはずだった仕事も進んだだろうし、気持ちもこんなに乱されなかったかもしれない。でも、きっとまた同じことが起こる。そのたびに一喜一憂している自分を情けなく思うけれど、それもまたこの仕事の一部。人に頼られたい気持ちと、頼られるしんどさの間で、今日も揺れている。

もっとやるべきだったことはあったはず

日が暮れてから「あれも、これも、できたんじゃないか」と考えてしまう。でも、後悔だけでは明日は変わらない。一通のメールで全部が狂った日にも、小さな達成感や、学びはあった…と、思いたい。明日は、せめて一通で終わらない日になりますように。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。