書類には強いけど恋には弱いという現実がじわじわ効いてくる日々

書類には強いけど恋には弱いという現実がじわじわ効いてくる日々

書類の山には勝てるのに心のやりとりには負け続けている

司法書士として十年以上この道を歩いてきた。膨大な登記書類、相続の資料、不動産の契約書…。それらは日々積み重なっていくが、不思議と苦ではない。むしろ、それを黙々とこなすことで安堵感を得ている自分がいる。しかしふと気づくと、誰かとの「やりとり」、とりわけ恋愛の類になると、全く勝負になっていない。仕事では誰よりも早く処理を終えられるのに、恋になると急に自信がなくなる。まるで別人のように不器用になるのが、自分でも情けない。

業務処理能力は高くても人間関係は難しい

依頼人とのやり取りは得意だ。必要事項を漏れなく聞き出し、必要書類を整理し、提出期限に遅れることもない。だがこれがプライベートになると話が違う。特に女性と会話すると、何を話せばいいのかわからなくなる。仕事の話ならいくらでもできるのに、それ以外の雑談になると、どうしても話が続かない。昔からそうだった。野球部では明るい仲間が多かったが、ベンチにいる時の自分は無口だった。そんな性格は今も変わらない。

「それって書面に残ってますか」的な癖が日常会話にも出る

先日、久しぶりに同級生と飲みに行ったときのこと。彼の知人の女性も一緒だったのだが、雑談の中で何かを話されたときに、つい「それってエビデンスあります?」と口にしてしまった。我ながら終わっていると思った。もう完全に仕事脳なのだ。恋愛に必要なのは感情のやりとりだろうに、どうしても自分は「確認」「証拠」「整合性」を求めてしまう。これは完全に職業病だ。でも、染みついた癖というのは簡単には抜けない。

恋愛相談を受けることはあっても自分は対象外

不思議なもので、なぜか人から恋愛相談はされる。事務員にも「先生って、そういうの冷静に聞いてくれそうだから」と言われたことがある。そう、聞くのは得意なのだ。だが自分の恋愛の話になると、まるで話が続かない。そもそも話すような経験がないから、引き出しもない。相手が求めているのは共感なのに、自分が出すのは分析だったりする。聞き役専門の人生。それがこの年齢まで続いてしまった。

恋のやりとりはスケジュール管理できない

登記や手続きには締切があるし、流れも明確だ。だが恋愛にはそれがない。「いつまでに好意を伝えればいいか」なんてマニュアルはないし、相手の気持ちも変化する。そんな不確定要素の多いものに向き合うことが怖くて、つい避けてしまう。そうこうしているうちに、気づけばもう45歳。書類の束と、ひとりの夜だけが積み重なってきた。

提出期限もなければチェックリストもない世界

恋には「これさえやればOK」という手順がない。それが怖い。自分はいつも、手続きのチェックリストを用意して仕事している。見落としがないように、順番通りに、一つずつ確実に進める。でも恋にはそんなものない。タイミング、空気感、フィーリング。どれも曖昧でつかみどころがない。「好き」と言うべきか、「様子を見るべきか」すら判断に迷う。結局、動けないまま時が過ぎていく。

未読スルーに振り回される元野球部のメンタル

LINEを送ったのに既読にならないだけで、頭の中は大騒ぎだ。何か気に障ることを言ったか?タイミングが悪かったか?そんなことを一人反省会のように考え続ける。高校時代は野球部で、ミスしても次に切り替えることができたはずなのに、今はもう打たれ弱くなってしまった。精神的な筋力が衰えているのかもしれない。仕事では切り替えも早いのに、恋になるとまるで別人になるのが情けない。

打席には立っているけど当たらない日々

恋も、たまには挑戦してみる。食事に誘ってみたり、ちょっとしたメッセージを送ってみたり。でも、大体空振りに終わる。しかも自分では良い球を投げたつもりなのに、バットすら振ってもらえないこともある。そんなとき、昔の監督の「三振してもいい、打席に立ち続けろ」という言葉を思い出す。でも正直、もうベンチに下がりたい気持ちの方が強い。

仕事ができる男=モテるはずという幻想

仕事で信頼されるようになれば、自然と人間としての魅力も増すと思っていた。でも現実はそう甘くない。どれだけ実績を積んでも、恋愛には関係ない。むしろ「まじめそう」「固そう」「忙しそう」と言われて終わる。評価されるのは能力であって、人としての魅力ではないのかもしれない。いや、そう思わないとやってられないのだ。

「まじめそうですね」で終わる関係

これは褒め言葉のようでいて、実際は「それ以上の関係にはなりません」という宣告だと感じてしまう。まじめさは恋の入り口では壁になることもある。少し崩した自分を見せようとした時に限って、うまくいかない。無理しても空回り、自然体だと何も起きない。恋愛って、本当に難しい。書類のように内容をチェックして、修正して、完成とはいかないのだ。

登記の相談は来るけど恋の予感は来ない

「先生、相続の件でちょっとお聞きしたいんですが」そんなふうに声をかけられることは多い。でも「よかったらご飯でも」と言われることはない。そりゃそうだ。職業上の信頼はあっても、個人としての魅力を感じてもらえているわけではない。ちょっとくらい恋の相談でもされたいな…なんて思ってしまう自分が情けない。

忙しさを言い訳にしてきたツケ

気づけばこの仕事に全てを捧げてきた。土日も事務所を開け、平日は夜まで対応。そうやって「忙しいから仕方ない」と言い訳して恋を遠ざけてきた。だが今は、その言い訳も通用しない。寂しさだけが際立ってしまう。頑張ってきた結果がこれなのかと思うと、ちょっと虚しくなる。

いつの間にか恋愛の手順書を失っていた

若い頃にはあったはずの、恋への感覚や行動力。それがいつの間にか消えてしまった。手順書を一枚一枚失って、今ではどこから始めればいいかも分からない。ネットで検索しても、年齢が上がるほど情報はあてにならない。結局、自分でやるしかないのだ。でも、それがまた難しい。

事務員との適切な距離感に救われつつも虚しい

唯一の事務員はとても有能で、いつも助けられている。でも当然ながら、プライベートには踏み込まない。あくまで業務上の関係。それが正しいし、ありがたい。でも、たまにぽつんと一人になったとき、「このまま一人で年を重ねていくのかな」と不安がよぎる。そんな自分をまた書類に埋もれさせて、ごまかす。

それでも今日も書類は片付ける

恋は苦手でも、仕事は裏切らない。依頼人の信頼に応えるために、今日も書類を一つずつ片付ける。たとえ誰かと一緒に夜を過ごすことがなくても、朝は同じようにやってくる。そうして一日をこなしていく。その積み重ねの中で、少しくらい報われる瞬間があれば、それでいいのかもしれない。

人の縁は不確実でも書類は裏切らない

書類は黙って従ってくれる。こちらが丁寧に扱えば、きちんと形になる。人との関係はそうはいかない。だが、それでも人を求めてしまうのが人間だ。だったら、まずは自分自身ともう一度向き合ってみるしかないのかもしれない。恋には弱い自分を、少しだけ許しながら。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。