登記簿が隠した双子の秘密
朝から湿気の残る梅雨空。今日も登記申請書の山と格闘していたところに一本の電話が鳴った。 「急ぎの相談なんですが」と低い声の男性が言った瞬間、嫌な予感が背中を走る。たいていこういうのはロクな依頼じゃない。
朝の電話と一枚の地図
男は封筒を一つ置いて帰っていった。中にあったのは、ボロボロの地図と手書きのメモ。「この土地の名義人を調べてほしい」とだけ書かれていた。 地図は戦後間もない頃のもので、今とは番地すら違う。やれやれ、、、どうしてこういう面倒なのが俺のところに来るんだろうな。
依頼人は口を閉ざしたまま
依頼人は名乗らず、目深に帽子をかぶっていた。サザエさんの波平のような寡黙さで、問いかけても「お願いします」としか言わない。 サトウさんが冷ややかに言う。「怪しいですね。身元も明かさないなんて」。 俺はただ肩をすくめるだけだった。「そうは言っても仕事だからなあ……」
空き家に残された古びた台帳
地図を元に現地へ行くと、そこには朽ちかけた空き家が一軒。郵便受けには誰の名前もなく、ただ埃をかぶった固定資産税の督促状だけが挟まっていた。 裏手の納屋には、布で覆われた箱があり、なぜか鍵は開いていた。中には古い登記簿の写しと、昭和の頃の戸籍謄本の束。 「これは……何かあるな」とつぶやくと、背後でサトウさんがうなずいた。
調査のはじまりと不審な戸籍
戻って事務所のパソコンで法務局のオンライン情報を確認すると、名義人はたしかに存在していたが、すでに死亡していた。 しかも死亡届は二通。住所も違う、日付もずれている。同姓同名だが、これはおかしい。 「まるで怪盗キッドの変装みたいな話ですね」とサトウさんがぼそり。的を射ていた。
消えた住人と名義の謎
近隣住民に聞き込みをしたところ、二十年前に突然引っ越して行った双子の兄弟がいたという話が出てきた。 「どちらが本物だったのか、わからなかった」と老人は笑ったが、それが冗談では済まないと直感した。 サトウさんは手早く戸籍を並べ、相違点をマーカーで印をつけていた。彼女の指摘で、一つの見落としが見えた。
サトウさんの冷静な指摘
「ここの筆跡、出生届の署名と、死亡届の署名がまったく違います」 彼女の声には、迷いがなかった。筆跡鑑定士でもないのにそう断言できるあたり、やはり只者ではない。 俺はそのコピーを手に取り、かつての友人だった警察官のもとへ向かうことにした。
古い登記簿が語る事実
台帳の記録には、不自然な移転登記の履歴があった。住所変更と名義変更が同日に行われている。 しかも添付された書類は旧形式のまま、新方式に更新されていなかった。完全に盲点だった。 「これは完全に二重登記の形跡ですね」と元刑事は言い、黙って一枚の写真を差し出した。
同姓同名の影に潜む真実
写真には、依頼人とそっくりの男が二人写っていた。しかも、写っていたのは法務局の前。 「双子だったんだな……一人は生き残り、一人の人生を名乗った」 「まるでルパン三世の変装ですね」とまたサトウさん。俺は思わず苦笑する。ほんと、人生ってのは劇場型だ。
思い込みと司法書士の勘違い
俺はてっきり、依頼人が名義のことで争っていると思っていた。 だが真相は逆だった。名義を戻したくて、でも自分が誰か証明できなくて俺の元へ来たのだ。 「登記は嘘をつかない」と誰かが言ったが、書類を揃える人間は嘘をつく。やれやれ、、、
やれやれと呟きながらも動き出す
俺は彼の手助けをする決意をした。理由はわからない。ただ、放っておけなかったのだ。 まるでドラえもんののび太に手を貸すジャイアンの気持ちに似ていた。いや、違うか。俺はただの司法書士だ。 でも、その書類一枚で救えることがあるなら、やるべきだと、そう思った。
法務局で見えた手がかりの連鎖
再調査の末、古い登記申請書に残された旧姓が、現在の名義とリンクしていることがわかった。 それは意図せず残されたヒントだったが、彼がかつて「兄だった」ことを証明する材料にもなった。 必要な書類と証言を整え、俺たちは再登記申請にこぎつけた。
二つの名字をもつ一人の男
手続きが終わったその日、男は静かに一礼して帰っていった。 「自分の名前を取り戻せた気がします」とつぶやいた表情は、少しだけ穏やかだった。 まるで永遠に続く双六の一マスに戻ったような、不思議な安堵感があった。
元野球部の勘が導く結末
振り返れば、あの地図を見たときから、どこかで「この人は嘘をついていない」と思っていた。 俺の野球部時代の勘が、久々に冴えたのかもしれない。 サトウさんは「たまには役に立ちますね」と無表情で言った。俺は照れくさくて、ただ笑ってごまかした。
遺産と復讐が交差するラスト
後日、警察から連絡があった。兄を騙っていた弟は、他人の財産を不正に取得していたことが発覚したらしい。 だが依頼人はそれを告訴しなかった。「兄は兄ですから」と、ぽつりと言ったという。 人の心は、登記のように一筆で整理できるものではないらしい。
サトウさんの塩対応と一筋の光
「ところでシンドウ先生、登記完了の連絡、まだですよ」 いつも通り、塩対応のサトウさん。だがその背後には、どこか少しだけ柔らかさが漂っていた。 俺は思わずつぶやいた。「やれやれ、、、今日も仕事か」 それでも、ほんの少しだけ、心は軽かった。