朝から記憶が曖昧で嫌になる
「今朝、何食べたっけ?」と考えても、答えが出てこない。そんなことが増えてきた。司法書士としての日々は、朝から晩までタスクが山積み。気づけば朝食を摂ったかどうかすら曖昧になっている。朝の支度もルーチンで、顔を洗い、ワイシャツに袖を通し、机に向かう。その流れの中で「食べたかもしれない」「食べてないかも」と悩む時間がもったいないほど余裕がない。でも、ふとそんな自分が怖くなる時がある。
ルーティン化しすぎた毎日の怖さ
同じ時間に起きて、同じ道を通り、同じように働く毎日。その安定感はありがたいはずなのに、気づけば日々が記憶に残らなくなっていた。まるで毎日がコピー&ペーストされたようだ。そんな中で、朝食が「無意識の選択」になっていることに気づく。コンビニで買ったおにぎりを口に入れたことも、実は昨日だったのかもしれない。仕事の効率を優先した結果、生活の記憶がどんどん薄れていく感覚がある。
コンビニおにぎりかカロリーメイトかの選択肢
朝の時間に余裕がないと、選択肢は限られてくる。近所のコンビニでツナマヨか、職場の引き出しに常備してあるカロリーメイトか。どちらかに手を伸ばしているはずなんだが、食べた記憶がぼんやりしている。空腹感も満腹感もどこかに消えて、「食べたこと」にすら意識が届かない。これって、結構深刻なことなんじゃないかと思い始めている。
朝食に期待しない日々が続く
「朝ごはんって、そんなに楽しみか?」と聞かれたら、正直うまく答えられない。若い頃はトーストにハムエッグ、味噌汁に白ごはんというのが理想だった。でも今は、時間も気力もない。ただ「食べなきゃまずいかな」って程度で口に入れて終わる。これが習慣になると、朝食が「生きるための義務」に変わってしまう。そんな自分に、ちょっとだけ寂しさを感じる。
いつからか「朝食べたかどうか」の記憶すらない
事務所の机に座って書類を開いている時、ふと「あれ、朝飯食べたっけ?」と疑問が湧く。そんな時はたいてい、すでに正午を過ぎている。思い返しても、冷蔵庫を開けた記憶もないし、レジで支払った記憶もない。スマホのレシート履歴を見ると、何かしら買ってはいる。でも、それを食べたかどうかが曖昧。自分の記憶力にガッカリするというより、「心ここにあらずな生活」そのものに嫌気がさしてくる。
忙しさのせいか年齢のせいか
40を過ぎてから、何かと「物忘れ」が増えた気がする。それを加齢のせいにしてしまえば楽なんだけど、たぶん違う。常に頭が仕事のことで埋まっていて、食事という行為に集中できていないんだ。事務所を立ち上げた頃は、昼休みに自炊していた日もあったけど、今はそんな余裕どこにもない。「食べること」が完全に「後回し」になっている。
コーヒーだけで誤魔化す朝のリズム
眠気覚ましにブラックコーヒーを飲むのが習慣になっている。朝食を抜いても、とりあえずこれさえ飲んでおけば一日乗り切れるような気がしている。でも実際は、空腹が仕事の集中力を削っていくのを感じることもある。カフェインに頼る生活に、何か間違っている気はしている。だけど変えるきっかけもないまま、今日もまたコーヒーを淹れてしまう。
昼ごはんすら存在しなかったことに気づく瞬間
昼休みという概念がほとんど機能していない。午前中に抱えていた案件の処理が押して、昼を食べそびれたまま14時、15時を迎えるのは日常茶飯事。胃は空っぽなのに、仕事に没頭していると空腹すら感じなくなる。それって本当に健全な働き方なんだろうか?と思いつつも、つい次の案件に手を伸ばしてしまう。そんな生活を続けていると、ふとした時に体が悲鳴を上げる。
気づけば15時を過ぎている
「そろそろ昼ご飯にしよう」と思った時には、もう15時を回っている。となると、もういいか、と諦めてしまう自分がいる。近くに飲食店も少なく、移動する気力もない。そうしてまた、机に戻ってしまう。唯一の救いは、事務員がたまに「食べてくださいよ」とお菓子を差し出してくれること。それに救われているのは、空腹だけではなく、心のほうかもしれない。
登記の申請準備に追われると空腹感も消える
午前中の相談対応、午後の登記オンライン申請。集中していると、時間の流れを感じない。特にオンライン申請は、入力ミスが許されないから神経を使う。そんな時、胃が鳴っても無視する癖がついてしまった。これは野球部時代の根性論の名残かもしれない。空腹を感じたら「気のせいだ」と自分に言い聞かせ、目の前の書類に目を戻す。それが日常になっている。
事務員の「ご飯食べました?」にハッとする
「先生、お昼食べてないですよね?」という一言が飛んできて、ようやく自分の空腹に気づくことがある。そんな時は、内心ちょっと情けない。「またか…」と自嘲しながら、机の引き出しからプロテインバーを出す。事務員の気遣いに甘えっぱなしで、こちらは何も返せていない。せめて、ちゃんと食べてる姿くらいは見せないと、と思いつつ、また次の日も食べ忘れる。
誰にも昼食を気にされない環境の寂しさ
一人事務所の弱点は、「食事の時間ですよ」と言ってくれる人がいないこと。誰にも昼食を気にされないって、意外と寂しいものだ。昔は会社勤めの時、昼になれば誰かしらが「行きましょう」と声をかけてくれた。今は、自分のリズムで食べようと思えば食べられるけど、それが逆にプレッシャーになる。「ちゃんとしなきゃ」と思うのに、できない自分がそこにいる。
ひとり事務所の静けさが余計に沁みる
午後の事務所はとても静かだ。聞こえるのはタイピングの音と、たまに通る車の音だけ。その静けさが、空腹感を際立たせる。「誰かと一緒に食べる」って、こんなにも人間らしいことだったんだなと思う。たまにラジオをつけるけど、気休めにしかならない。この静けさの中で、「今日のご飯、何食べたっけ?」とつぶやくのが、最近の口癖になってしまった。
弁当男子には程遠い日々
SNSでは「弁当男子」が流行ってるらしい。でも現実は、冷蔵庫にあるのは麦茶と納豆くらい。朝から弁当を作る時間なんて到底ないし、そもそもモチベーションもない。料理のスキルはゼロではないけれど、それを活かす気力が湧いてこない。コンビニで済ませる方が、手軽で現実的だ。でもそんな生活を続けていて、ふと「これでいいのか」と思ってしまう夜もある。