すぐできますよねが一番つらい

すぐできますよねが一番つらい

すぐできますよねと言われるたびに心が削られる

一見、悪意のないその一言が、私にとってはじわじわと効いてくる毒のように感じることがあります。「すぐできますよね?」。依頼者の口から軽く飛び出すこのフレーズを聞くたびに、「いや、それが一番しんどいんだよ」と心の中で何度も呟いてきました。依頼者にとっては当然の疑問かもしれません。でも、あの一言に詰まっているのは、私が背負っている手間や時間、プレッシャーへの無理解です。日々、書類とにらめっこしている身としては、その「すぐ」がどれほど遠いか、わかってもらいたいと思うばかりです。

一見優しそうな言葉に潜む無意識の圧力

「すぐできますよね?」という言葉は、語調も柔らかく、表面上は攻撃的ではありません。しかし、実際には強烈なプレッシャーが込められているのです。依頼者の中には、こちらの都合や業務量を一切考慮せず、自分の予定だけを基準に話す人もいます。こちらが一人で何件もの案件を抱え、事務員も最小限で回している状況など知る由もないのです。だからといって、説明して理解されるとも限らず、「プロなんだから当然」と突き返されることも。気がつけば、どこかで「はい」と言ってしまっている自分がいて、後から後悔するのがいつもの流れです。

頼られるのは嬉しいけど急かされるのは辛い

誰かの役に立てることは、この仕事の大きなやりがいです。感謝の言葉をもらえるときには、本当にやっていてよかったと思えます。でも、感謝の前に「早くやって」「すぐやって」と言われると、その期待が鎖のように心に絡みついてきます。野球部時代、監督に「走っとけ!根性だ!」と怒鳴られたあの感じに少し似ているかもしれません。期待されてるのは分かるけれど、その分、プレッシャーも跳ね上がる。私はもう、全力疾走し続ける体力は残っていないのに、誰もそれには気づいてくれない。そんな思いが胸に広がるのです。

そもそもすぐってなんですか

「すぐ」と一言で言っても、その意味は人によって大きく異なります。1時間以内なのか、当日中なのか、あるいは翌日までなのか。司法書士としては、何をどうしても法的手続きの期限や確認事項、書類の整合性を飛ばすわけにはいきません。急ぎでやってミスをしてしまえば、自分だけでなく依頼者にも大きな損害を与えてしまう。だから「すぐ」は危険なのです。しかし、そんな理屈をいちいち説明していたら業務が進みませんし、現実的には「じゃあ他の人に頼みます」と去っていくこともある。だから今日もまた、「すぐできます」と口にしてしまうのです。

業務内容を知らない依頼者とのギャップ

たとえば「住所変更の登記くらいすぐでしょ?」という相談があります。確かに、表面だけ見れば住所を一つ書き換えるだけのように見えるかもしれません。しかし、その裏には、登記簿の確認、必要書類の取り寄せ、法務局とのやり取りなど、多くのステップが隠れています。それを知らない依頼者にとっては、やはり「なんでそんなにかかるの?」という感覚になるのでしょう。そのギャップが、こちらの神経をじわじわとすり減らしていくのです。説明すること自体が仕事ではありますが、日々同じことを何度も繰り返す疲労感は想像以上に重いものです。

登記一件にかかる地味で地道な工程

私の一日は、ほとんどが地味な確認作業と書類作成です。電話対応や打ち合わせの合間を縫って、資料を読み、法令を確認し、間違いがないか何度もチェックする。この積み重ねの上に、やっと登記の申請ができるのです。なのに、結果だけを見て「もう終わったんですか?早いですね」と言われると、なんだか自分の努力が透明になったような気がしてしまいます。まるで、無人島でひとり火を起こしていたのに、通りすがりの人に「もう料理できたんだ」と言われたような気分です。地道な仕事ほど、理解されにくいものですね。

細かいミスが致命傷になる仕事の怖さ

司法書士の仕事は、ほんの小さなミスが致命傷になります。数字を一つ間違えるだけで、登記はやり直し。日付が違えば、後からトラブルになる可能性もある。私自身も、一度だけ日付を誤記して、依頼者から叱責を受けたことがありました。それ以来、どんなに急がれても、自分のペースで見直しをすることにしています。でも、時間をかけるほど「まだですか?」と催促がくる。そのはざまで、自分の神経を削るようにして働いています。

頼まれごとは断れない性格が招く地獄ループ

「いいですよ」「なんとかします」──これが口癖になってしまっている自分がいます。断るのが苦手なんです。昔から、人に頼まれると断れない性分で、それが仕事でも出てしまう。結果、抱えきれないほどの案件を背負って、自分で自分の首を絞めてしまうのです。「断る勇気」なんて言われますが、それができたら苦労しないんですよね。優しさはときに、自分を破壊する武器になります。

いい人でいようとして自分を追い詰める

誰かに「優しいね」と言われると、悪い気はしません。でもその一言に縛られて、「嫌な顔をしないようにしよう」「頼まれたことは断らないようにしよう」と無理を重ねてしまう。気づけば、依頼に応えることで精一杯で、自分の生活や休息なんて後回し。睡眠時間を削ってでも仕事を回して、身体はガタガタ。そんな日々を続けていて、ふと鏡を見たときに、老けたなと思うんです。頑張ってるはずなのに、自分のためには何もできていない。それが一番つらいことかもしれません。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。