心がざわついた朝
いつも通りの朝。いつもと同じコーヒーを淹れて、慣れた手つきでスーツに袖を通す。けれど、この日はなぜか心がざわついていた。体調が悪いわけでも、特別な案件が控えているわけでもない。むしろ、平凡な一日のはずだった。だが、何かがひっかかるような、そんな感覚が拭えなかった。
事務所に向かう足取りの重さ
事務所までの道は、普段なら考えごとをするにはちょうどいい距離だ。でもこの日は違った。足取りが妙に重くて、なにか嫌な予感がしていた。自分でも理由がわからないけれど、「今日、何かあるな」という直感が、心の奥にあったのだ。年齢のせいかもしれない。仕事へのモチベーションが下がってきているのかもしれない。
前日の疲れが抜けないまま
昨日は、相続登記の相談と抵当権の抹消でバタバタしていた。資料の不備で申請を1件見送る羽目になり、精神的にも疲れていた。それでも帰宅後の食事はコンビニの弁当。食べ終わったらそのままソファに沈み込み、気づけば寝落ち。朝起きても全身がだるく、疲れが溜まっているのを実感する。
ルーティンなのに気が重い
司法書士の仕事はある意味、ルーティンの連続だ。登記、相談、申請、連絡、書類整理。そしてまた登記。毎日似たような日々を繰り返しているはずなのに、今日はなぜか「ただの一日」と思えなかった。体も気持ちも、なにかが違う。そんな予感を抱えながら、事務所のドアを開けた。
法務局でのちょっとした出来事
午前中に仕上げた申請書類を抱え、法務局へ向かった。いつも通りの顔ぶれ、変わらない受付。そこには、普段と何も変わらない風景が広がっていた。だが、その“いつも通り”の中に、少しだけ違う空気が混じっていた。
登記官とのやり取りは日常茶飯事
登記官との会話は、まさに日常の一部だ。相手も人間だから、柔らかい人もいれば、冷たい人もいる。そんな中で、この日の担当は、いわゆる“厳しめ”の方だった。話し方は無機質で、淡々と処理を進めていく。それはそれで、業務としては正しいのだが、こちらの気持ちが弱っている時には、その態度が心に響く。
慣れた対応に潜む無意識のトゲ
書類を提出し、必要な確認を受けていたとき、登記官は資料を見ながらつぶやいた。「あれ?この項目、前にも間違えてませんでしたっけ?」何気ない一言。注意というよりも、独り言に近いトーン。でもそれが、まるで自分の無能さを突きつけられたようで、妙に刺さった。
刺さった言葉は「まだ慣れてません?」
その後、確認の中でさらに言われたのが「このパターン、まだ慣れてません?」という言葉だった。たしかに、ミスだったかもしれない。見直しが足りなかった自分が悪い。でも「まだ慣れてない」って……。20年やってるんですけど、とはさすがに言えなかった。
その一言がなぜか胸に残る
事務所に戻る道すがら、何度もその言葉が頭の中をリピートしていた。「まだ慣れてません?」——ただそれだけ。なのに、それがずっと胸に残るのは、自分が疲れている証拠なのかもしれない。
大したことのないはずの一言
登記官からの言葉なんて、普段は気にも留めない。適当に聞き流して終わるはずだ。だが、今日は違った。たった一言が、大きな石のように胸の中に沈んでしまったのだ。大したことじゃない。わかってる。でも、どうにも心に残ってしまう。
自分でも驚くほどのダメージ
「まだ慣れてません?」——この言葉を、きっと自分も誰かに使ったことがあるのかもしれない。けれど、その言葉を今、自分が受け取る側になってみて初めて、その破壊力に気づいた。自分が思っている以上に、傷ついていたのだと実感する。
プライドと疲れが反応してしまう
おそらく、ただの疲れだったのだろう。プライドが妙に敏感になっていた。自分の中にある「司法書士としての自負」が、ぐらっと揺れた瞬間だった。「誰よりも丁寧にやっている」と思っていた部分が、否定されたような気がした。
独り身ゆえの孤独と反芻
誰かに愚痴るわけでもなく、ただ一人で考える。こういう時、独身であることが地味に効いてくる。帰る場所に会話がない。だから、言葉を何度も頭の中で反芻してしまう。
帰り道にひとり言が増える
「あの言い方ないよな……」とつぶやきながら歩く帰り道。イヤホンで音楽を流していても、集中できない。心がそちらに引っ張られてしまう。ひとり言が増えるのは、誰かに共感してもらいたいからなのかもしれない。
愚痴を聞いてくれる相手はいない
同業の友人も減った。みんな忙しく、自分のことで手一杯だ。事務員さんにはあまり重い話はしたくない。そもそも、こんなくだらない話をわざわざするのもどうかと思ってしまう。だから、飲みに行くでもなく、ただ家に帰って黙る。
元野球部でもこの打撃は効く
学生時代、野球部だった自分は、少々のヤジにも慣れていた。監督や先輩の理不尽な指導にも耐えられた。でも社会人になってからの一言は、あの時よりずっと重くて冷たい。しかも、守ってくれるチームもない。ただ一人で受け止めるしかないのだ。