書類に埋もれて孤独に飲まれる日々

書類に埋もれて孤独に飲まれる日々

書類に埋もれて孤独に飲まれる日々

朝が怖くなる瞬間

目覚ましの音が鳴ると同時に、胸のあたりに重苦しい感覚が広がる。それは今日も机の上に積み上がった書類の山を前にする現実が待っているからだ。何かを成し遂げるという希望より、こなすだけの義務感。コーヒーを飲む手も重く、テレビの天気予報さえ頭に入ってこない。かつては目覚めとともに「今日はこれをやってみよう」と思えたのに、今はただ「とりあえず遅れず行こう」だけ。司法書士としての自分が、どこか置き去りになっていくような気がしている。

机に広がる未処理ファイル

事務所に着いて机に座ると、昨日の自分が「明日でいいか」と残した書類たちが、まるで無言で責めてくるように感じる。ファイルの端がわずかに曲がっているだけで、なぜか気分が沈む。山のように積まれた申請書、添付書類、確認依頼のメール。そのひとつひとつが、それぞれの人の人生とつながっている重さを思えば、決して軽視できない。でも、そんな重責を一人で背負っているという事実が、たまらなく孤独だ。

片づけても減らない感覚の正体

片づけたはずなのに、なぜか終わった気がしない。タスクはチェックリストで消せても、心の中に「やり残し感」が残る。多分それは、時間をかけて説明しても、理解されなかったり、感謝もされない場面が続いているからだと思う。誰のせいでもないのに、自分がひとり相撲をしているような虚しさがある。ファイルの山を崩しても、その下に「また別の不安」が埋まっている。終わった気がしないのは、実際に何かが終わっていないからなのかもしれない。

心を押しつぶす通知音

スマホの通知音、FAXの受信音、パソコンのメール着信音──本来なら便利なツールのはずなのに、今では「また何か来たのか」と思うだけになった。特に午前中、ようやく集中し始めた頃に鳴る電話には、反射的に眉間にシワが寄る。苦情か、急ぎの訂正か、説明不足だったか。そんなことばかりを考えてしまう。これが仕事なんだと自分に言い聞かせても、あまりにも神経を削る音たちに、時々「壊れてくれ」とさえ思ってしまう。

電話に怯えるようになってしまった

若いころは電話が鳴ると、誰かに必要とされている気がして嬉しかった。今は違う。出るたびにどこかで怒られる覚悟をしてしまう。内容が理不尽だったとしても、こちらの落ち度にされることもある。正直、電話対応の後は5分ほど何も手がつかないこともある。言葉のトゲが心に刺さったままで、何もしていないのに疲れてしまう。電話を怖いと感じる自分が、少しずつ壊れている気がしてならない。

事務所の静けさが堪える

事務所には事務員が一人いる。彼女は真面目で、いつも丁寧に仕事をこなしてくれている。でも、その静けさが時に堪える。パソコンのキーを打つ音と、エアコンの風の音しか聞こえない空間。誰かと話しても、仕事の内容か事務的な連絡だけ。冗談を言う雰囲気もないし、言ってもスベるだけ。静けさは集中には良いかもしれないが、心の健康にはあまり良くない気がしている。

事務員の優しさが逆につらい

事務員の彼女は、無口だが気が利く。細かいところに気づいてくれるし、僕が飲みかけのコーヒーをそのままにしていても、そっと片づけておいてくれる。だからこそ、余計に「ちゃんとしなきゃ」と思ってしまう。気を抜けないし、弱音を吐けない。優しさがプレッシャーになるというのは、贅沢な悩みなのかもしれないが、本音で話せない空気が事務所の中を重たくしている気がする。

本音を言えない関係性のもどかしさ

「今日は疲れたな」とか「この仕事、本当にしんどい」とか、そんな一言を言えるだけで違うのに、それができない。この関係性が壊れるのが怖いのだ。仕事に支障が出たらどうしよう、彼女に気を遣わせたらどうしよう、そんなことを考えているうちに、本音はどんどん奥にしまわれていく。誰かと一緒に働いていても、孤独は消えない。それどころか、言えない孤独が蓄積していく。

それでも続けている理由

正直、何度も辞めたいと思った。別に誰かに強制されてやっているわけでもない。けれど、不思議と「やめよう」とは決断できない。たぶん、誰かの登記が無事に完了した時、感謝の言葉をもらった時、そのたった一瞬がすべてを支えているのだと思う。それに、自分がこの事務所をたたんだら、もうどこにも居場所がなくなるような気がしている。辞めたい。でも、辞めたくない。そんな思いが毎日交差している。

誰かの役に立てたと感じる瞬間

たまにある。「先生にお願いしてよかったです」という言葉。形式的ではなく、本当に安堵したような表情と声で言われる時、自分の中に少しだけ光が差し込む。それだけで今週は頑張れる、と思える時もある。その一瞬のために、他の99%を耐えているのかもしれない。でもそれは、本当に尊いことなのだと、今では思えるようになってきた。書類に埋もれていても、誰かの未来のために働いているんだと。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。