名義ヲ跨グ姓ハ誰ノモノカ

名義ヲ跨グ姓ハ誰ノモノカ

はじまりは一通の相談メールから

昼下がりの事務所に、サトウさんの鋭い声が響いた。「また変な相談が来ましたよ」。 私のデスクに届いたのは、件名に「夫婦別姓と登記」とだけ書かれたメール。 相談者は「内藤真理」と名乗り、数年前に購入した家の登記名義について「おかしな点がある」と言う。

差出人は「旧姓を名乗る妻」だった

文面に記された「私は結婚後も旧姓を通しています」という一文に、私は少し眉をひそめた。 というのも、登記簿に記載される名義人の氏名は、戸籍上の「本名」でなくてはならない。 果たして、彼女の言う「共有名義のはずの家」は、どのような登記になっているのだろう。

「夫婦」で購入したはずの家に異変が

PDFで送られてきた登記事項証明書には、所有者として「内藤真理」と、見慣れない男性名が記されていた。 しかし、その男性は、相談者の「夫」とは別人だという。 つまり、婚姻関係のある夫と共有していたつもりの家が、全く別の人物と共有されていたことになる。

現地調査と登記簿の違和感

私は現地を訪れ、念のため近隣住民に簡単な聞き取りを行った。 そこに住んでいるのは、確かに相談者夫婦のようだった。 だが、登記簿と現実のギャップが、どうにも納得できない。

所有権登記の筆頭名義人が消えていた

さらに驚いたのは、最新の登記事項証明書には、かつて存在した「筆頭名義人」の名前が抹消されていたこと。 しかも、その抹消原因が「更正登記」だったのだ。 つまり、過去に一度、誰かの「ミス」で全く別人が名義人にされていたのだ。

共有者の住所が一致しない理由

住民票を確認したところ、共有者とされていた人物の住所は別の市町村になっていた。 しかもそこは、数年前まで相談者の旧姓時代の実家があった場所。 つまり、どうやら「旧姓」と「現住所」を巡る、複雑な事情が絡んでいるようだった。

サトウさんの冷静な着眼点

サトウさんは、紙資料をめくりながら、淡々と語った。 「これ、住民票コードがうっかり繋がってない可能性、ありますね」 そうか、夫婦であっても、姓が違えば、役所側で同一人物と判断できないこともある。

「婚姻関係がない可能性もあります」

私は思わず声を荒げた。「え、それってつまり、、、?」 「法律上は夫婦でも、登記実務では、他人扱いされることがあるってことです」 そうサトウさんが答えると、私はぐったりと椅子に背中を預けた。

住民票コード照会で浮かび上がる事実

さっそく市役所に照会をかけると、驚くべき返答が返ってきた。 登記申請時、住民票コードが「別人」として扱われ、前所有者の娘との共有と誤認されたという。 つまり「夫の代わりに旧姓の娘」として登記がなされていたのだ。

浮かび上がる二重の名義

私はようやく、この登記ミスの正体をつかみかけていた。 サザエさんで言えば、磯野家の家を波平とマスオさんが共有してると思ったら、実はマスオさんの同僚だった、みたいな話だ。 しかも波平は全く気づいていないのだ。

一つの家に二組の「夫婦」が存在していた

さらに恐ろしいのは、その「誤って登記された他人」も、この家に過去に住んだ形跡があったこと。 そう、住所の更新ミスが、名義の混乱に拍車をかけていたのだ。 過去の賃貸契約者の情報が、なぜか住民票として残っていたのだった。

登記ミスか、それとも偽装か

私は一瞬、背筋が凍った。 だが、サトウさんは冷静だった。「偽装する動機が弱すぎます。これは単なる役所の善意と手抜きの混合でしょうね」 司法書士の視点から見れば、よくある、、、が、一般の人にはあまりに恐ろしい出来事だ。

証拠はすべて公文書にあった

私たちは、登記原因証明情報と、名寄帳を再度精査した。 書式の端に書かれた手書きの「親族関係あり」というメモが決定打となった。 それが誤認の元だったのだ。

名寄帳から読み解く隠された意図

名寄帳には、登記簿には現れない微細な住所異動の記録があった。 その記録こそが、彼女が本来の名義人であることを示す鍵だった。 やれやれ、、、結局、全ては記録に残っていたわけか。

戸籍抄本に記された「除籍」の意味

さらに調べると、旧姓時代に一度「離婚歴」があり、再婚後も旧姓を通していたことが判明した。 それが、役所側での人違いを誘発する原因となっていた。 つまり、誰もウソはついていなかったが、誰も真実を正確に把握していなかった。

サザエさん的夫婦と現代の名義問題

名義と姓が一致しないことのリスク、それがここまで現実的に牙をむくとは思わなかった。 昭和のサザエさんなら、家族で笑って済んだだろうが、 令和の今では、笑えない事態になりかねない。

夫婦別姓の時代と共有名義の盲点

司法の世界にいても、この盲点には気づきづらい。 「夫婦」という概念が登記の現場では、紙一重の情報処理に過ぎないのだ。 「法は人を見ず、データを見る」そんな冷たさがある。

真相は役所の「親切心」にあった

このトラブルの発端は、ある市役所の担当者の善意だった。 住民票コードの確認をせず、「たぶんこの人だろう」と処理したことが、すべての元凶。 ヒューマンエラーは、時に司法書士を探偵に変える。

別世帯の手続きを「親族だから」と一括処理

「親族だから大丈夫ですよ」と言われた一言を、依頼者は今でも覚えているという。 しかし、登記の世界に「たぶん」や「親族だから」は通用しない。 そこには、冷徹な形式と、冷酷な誤解が並んでいる。

やれやれ、、、またしても人間関係の複雑さ

手続きは無事更正されたが、依頼者夫婦の関係は少しぎこちなくなったそうだ。 姓は違っても心は一つ、、、というのは、理想論に過ぎないのかもしれない。 だが、それでも私は思う。「正しい名義は、正しい関係を守る盾になる」と。

司法書士の出番は、名義と人情の隙間にある

私は今日も、地味に登記簿と格闘している。 サトウさんは鼻で笑いながら、次の書類を差し出した。 「次は、未登記の倉庫の話みたいですよ」。また厄介な案件が始まるようだ。

終わりよければ、とはいかないが

事件は解決した。だが人の心の問題は、それほど簡単じゃない。 登記簿は直った。でも夫婦のすれ違いは、どこかに引っかかったままだ。 名義ヲ跨グ姓ハ誰ノモノカ。その問いは、きっとこれからも答えを探し続ける。

別姓を貫いた女と、名義に執着した男の距離

私には結婚の予定もないが、この仕事をしていると、 人が「一緒に住む」ということの重さが骨身に染みる。 独身の私が言うのもなんだが、名義は、愛より正確でないといけないのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓