答えの出ない書類と今日も生きている

答えの出ない書類と今日も生きている

答えの出ない書類が積み上がる日常

司法書士として仕事をしていると、毎日のように机に積み重なる書類に向き合うことになる。何十枚、時には百枚を超える書類が、まるで「お前はこれを全部わかってるんだろうな?」と無言の圧をかけてくる。だけど本音を言えば、全部が全部完璧に理解できているわけじゃない。条文の裏を読むような作業、法務局のさじ加減、依頼者の意図。正直、どれ一つとして「これが答えです」と言い切れた試しがない。ただ、目の前の紙をこなしていくしかない日々。机の上の山は、心の中の迷いと比例するように高くなっていく。

片づけても減らないファイルの山

一日の始まりに「今日は軽めかな」と思っても、蓋を開ければ甘かったと気づく。出社してPCを立ち上げ、昨日の続きに手をつけようとした矢先、ファックスとメールの嵐。あれよあれよという間に新しい依頼や修正の連絡で予定は崩れ、優先順位もどこかへ飛んでいく。処理しても処理しても、また新しい書類がやってくる。その繰り返しに、達成感というより徒労感が残る。山積みの書類を見て「今日はここまで終わらせるぞ」と気合を入れても、途中で電話対応や来客が割り込んで、気づけば一日が終わっている。まるで終わりのないマラソンだ。

「今日は少し楽かな」と思った朝の裏切り

たまにあるんですよ、「今日は予約も少ないし、溜まってる書類片付けるチャンスだな」なんて朝に思う日。でもそんな日に限って、想定外の相談が飛び込んでくる。遺産分割の揉め事だったり、相続人が急に増えたり。少しずつ積み上げてきた段取りが、他人の一言であっさり崩されていくんです。段取りを立てるのは好きな方なのに、それが毎度崩れていくと、なんだか人生そのものが予定調和じゃないみたいで虚しくなる瞬間がありますね。

処理しても処理しても戻ってくる現実

一件処理して「よし、次!」と進んでも、結局その案件が数日後に別の書類や修正依頼となって戻ってくる。まるで、投げたブーメランが倍速で返ってくる感じ。たとえば登記完了後に名字の間違いが見つかったり、申請人の印鑑が古い印鑑証明で無効になっていたり。こちらのミスもあれば、先方の準備不足もある。誰のせいにできるでもなく、もう一度やり直すしかない現実に、ため息だけが増えていく。

優先順位がわからない書類たち

書類が山になってくると、何から手をつけていいかわからなくなる瞬間がある。どれも「なる早で」と書いてあるし、依頼者にとっては全部が緊急案件。でもこっちは一人しかいない。事務員さんも頑張ってくれてるけど、最終判断は自分。どの書類も同じ顔に見えてくる。「一番早く済ませられるやつからやろう」と思っても、結局はどれも手間がかかるし、例外処理が混ざってると余計に混乱する。

急ぎじゃないけど放置できない微妙なやつ

「これ、今すぐじゃなくてもいいですよ」と言われた書類、逆に怖くなることもあるんです。数日放っておいたら、急に「明日必要なんですけど」なんて連絡が来たりして。こっちの感覚と相手の感覚、ズレるんですよね。だから、急ぎじゃないけど放置もしにくい。しかも、そういう書類に限って、必要な資料が全部そろってなかったりして、こっちで想像しながら進めなきゃいけない。疲れるんです、本当に。

お客さんの事情も書類の形式もバラバラ

一口に「書類」と言っても、依頼者ごとに背景も事情も違う。離婚協議の案件と、不動産売買では必要な温度感も全然違う。でも提出先は法務局だったりして、同じような形式が求められる。心情に寄り添いながらも、機械的な正確さも要求される。どっちかだけではだめ。ちょうどいいバランスで処理しなきゃいけない。これがなかなかキツい。たまに「これ、司法書士の仕事なんですか?」って聞き返したくなることもある。

誰にも言えない愚痴をこっそりここに

日々の業務のなかで、口に出せない愚痴がどんどん心にたまっていく。信頼が大切な仕事だからこそ、公には言えない。でもどこかで誰かに「わかるよ」って言ってもらえたら、少しだけ軽くなる気がする。そんな想いで、ここにこっそり書いておく。

書類より人間の方が扱いにくいこともある

書類は書いてしまえば静かだけど、人間はそうはいかない。特に感情が絡む案件、相続や離婚なんかは、法的処理の前に人間関係のもつれが壁になる。「兄には一言も連絡したくない」「元夫の印鑑なんて押させたくない」。法律的には必要でも、感情がそれを許さない。間に立つ自分は、書類の正確性だけでなく、感情のバランスにも気を配る必要がある。書類より、心の整理の方が時間がかかることもある。

感情が乗っかってくる依頼に疲れる

感情が過剰に乗った相談は、終わったあとにどっと疲れる。話を聞く段階から既に空気が重くて、対応している自分もだんだん引きずられてくる。中立を保たなきゃいけないのに、依頼者の涙や怒りを前に、こちらの心も揺れることがある。そういうときほど、後から「ちゃんと対応できてたかな」と不安になる。誰かとその日の出来事を共有できたらいいのに、それもできず、気持ちを抱えたまま夜を迎える。

「早くして」と言われても限界があります

「急いでるんです」「すぐできますよね?」って言われることがある。できればすぐやってあげたい。でも現実には法務局の処理時間、書類の不足、関係者の都合…いろんな制約がある。こっちは手を抜けないからこそ、どうしても時間がかかる。でもそれを説明しても、理解されにくい。サービス業のように思われがちだけど、法的責任を負う仕事なんです。早さと正確さ、どっちも求められて本当に大変。

モテないし休日は書類と会話してる

こんなに忙しいのに、なぜか恋愛とは無縁。合コンなんてもう何年行ってないか。婚活サイトも覗いてはみるけど、登録だけで終わってる。休日は一応あるけど、書類の整理や、未処理タスクの確認で潰れることが多い。「趣味は何ですか?」と聞かれたら「登記の見直しです」なんて冗談でも言えない。たまには誰かと過ごしたいなと思うけど、時間も気力も残っていない。

元野球部の体力だけでなんとか耐えてる

若い頃は野球一筋で、体力には自信があった。今でもその頃の名残でなんとか乗り切っている。朝から晩まで書類とにらめっこ、立ちっぱなしでの登記相談、移動の合間の電話対応。精神的にはしんどくても、身体がまだ動くから持ちこたえている。でも最近、腰や肩に鈍い痛みを感じるようになってきた。いつまで持つのか、少し不安になることもある。

書類に名前書くより誰かに手紙書きたい

毎日書類には何十回も名前を書く。職印も何度も押す。でもふと、「こんなに書いてるのに、自分の言葉では何も書いてないな」と思うことがある。誰かに宛てて、自分の想いや気持ちを綴った手紙なんて、もう何年も書いていない。せめてブログやコラムで、少しだけでも本音を書けたら、それが心のバランスになるのかもしれない。書類の外側にも、自分の言葉を置ける場所がほしいと思う。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。