シャツのボタンが寂しさでちぎれた夜
ボタンが落ちたのは事件のはじまりだった
朝、鏡の前でシャツのボタンがひとつ、ぽろりと床に落ちた。
まるで「俺もう限界です」と言わんばかりに。
「またかよ……」とため息をつきながら拾い上げると、そこに何やら見覚えのある繊維が絡んでいた。
朝のシャツに感じた違和感
司法書士という仕事柄、服装にはそこそこ気を遣っているつもりだが、歳月の重みには勝てない。
シャツの第2ボタンが、きれいに糸をほどいて別れを告げた。
「やれやれ、、、」とぼやきながら、床にしゃがみ込んだその瞬間、封筒が目に入った。
ボタンの位置が語るもの
ただのボタンじゃない。封筒の中には、同じボタンがもうひとつ入っていた。
しかも、明らかに俺のじゃない。いや、これは……あの依頼人の?
サトウさんの冷静な指摘
「その封筒、今朝届いたやつですよ。中に何か変なものが入ってたって言ってたじゃないですか」
「変なものどころか、ボタンだぞボタン……」
俺のつぶやきに、サトウさんが「やっぱり怪しいですね」と言って、意味深な微笑みを浮かべた。
依頼人が持ち込んだボタン付きの封筒
遺言書の検認の依頼だった。封筒にはそれとは別に、薄紙に包まれたボタンが入っていた。
遺言書に添えられた不自然な付箋
『このボタンがすべての証拠です』という手書きのメモ。
しかも筆跡が遺言書と違う。法廷ドラマで見たような展開だが、現実でこれをやられると頭が痛い。
筆跡とボタンの繊維から見える真実
ボタンの裏には、小さな金糸が一本。調べてみると、どうやらそれは高級テーラーで使われる特殊な糸だった。
「ああ、あの人、あの日同じシャツを着てたな」と思い出す。確か、揉めてた兄弟の弟の方だ。
検認の現場で起きた小さな異変
検認の場に、弟は現れなかった。理由は「体調不良」とのことだが、たまたまボタンが届いたこの日に?
偶然にしてはタイミングがよすぎる。
ボタンに隠されたメッセージを読む
事件の鍵は、まさかの「刺繍」だった。
刺繍の裏に縫い込まれた数字
糸を慎重に解いていくと、裏側に『1106』という数字が見えた。
日付か? 暗号か? 「ヒトヒトゼロロク」……いや、「いいおろく」……
野球部時代の背番号との一致
「あいつ、背番号6だったよな……」
ふと、昔の試合を思い出した。
弟は、兄の影でずっと控えだった。
過去と今が繋がった瞬間
結局この事件、兄の遺言を偽造したのは弟だった。
それを告発したのが、彼の恋人――ボタンを縫い付けていた仕立て屋の女性だった。
真犯人はだれか
全ての証拠は、ちぎれたボタンに詰まっていた。
司法書士としての冷静な推理
遺言の不備、筆跡の違い、そしてボタンの出所。
「これは警察に提出ですね」と俺が言うと、サトウさんが珍しく「ナイスです、先生」と褒めてくれた。
見逃されていた登記のミス
加えてもう一つ、遺言の中に記載された不動産の地番が1つズレていた。
そこに、弟の仕掛けがあったのだ。
動機はボタンひとつ分の寂しさ
弟の供述はこうだった。「兄貴ばっかり目立って、俺は何も残らなかった」
そして言った。「せめて、ボタンひとつでも兄貴のものを手に入れたかった」
ボタンが語る孤独と再生
事件は終わり、封筒の中のボタンは手元に残された。
サトウさんの縫い直しと静かな励まし
「せっかくなので、これ私が縫っておきますよ」
針を持つサトウさんの横顔を見て、なぜか妙に心が落ち着いた。
一針ごとに戻ってきた自分
裁縫というものは、ただの作業じゃない。
ちぎれた過去を少しずつ、縫い戻していくようなものだ。
「やれやれ、、、」とつぶやいた午後
ボタンが戻ったシャツに袖を通し、少し胸を張って外に出た。
「やれやれ、、、」
風は少し冷たかったけれど、どこか温かい午後だった。