登記の狭間に差し込まれた一枚の紙
古い信託契約書が届いた日
その封筒は茶色く黄ばんでいた。封緘の部分には依頼人の家紋が小さく刻印されていたが、どこか場違いな違和感が漂っていた。中に入っていたのは十年前の日付が記された信託契約書だった。
不在の受益者
契約書を読み進めると、信託財産の受益者として「松川清司」という名が出てきた。だが、依頼人である長男も次男も、そんな人物は「知らない」と口を揃える。戸籍にも登記簿にもその名はなかった。
サトウさんの観察眼が光る
財産目録のズレ
「この目録、計算が合いません」サトウさんが指差したのは、不動産の価値総額と、受益者に配分される額との差分だった。わずか50万円の差。しかし、それが彼女にとっては「空気の違い」を告げる十分な根拠だった。
家族の証言と噛み合わない記録
依頼人の妹が「この家は父が亡くなる三年前に処分したはず」と証言したのに対し、契約書にはその家を現在の信託財産として明記していた。「あたし、あの時の立会にも行ったのに……」と妹は首をかしげる。
信託の設計に潜む罠
中間法人の名義
登記簿を追っていくと、ある中間法人が財産の一時的な受託者となっていた。「合同会社ソレイユ企画」。聞いたこともないその法人は、設立からわずか3ヶ月で解散していた。
公証役場の記録の空白
シンドウは市内の公証役場に連絡を取った。ところが、信託契約に関する公正証書の記録が途中で消えているという。まるで、サザエさんの録画が途中でCMに切り替わってそのまま終わってしまったような、不自然な「中断」だった。
過去に遡る名義移転
5年前の登記がカギ
登記の履歴を精査すると、一瞬だけ財産が別名義になっていた時期があった。しかも、翌日にまた元の名義に戻されている。これは、信託制度の「穴」を突いた巧妙な隠蔽工作だった。
登記識別情報の使用履歴
通常、使われることのない補足識別コードが5年前に使われていたことを、シンドウは地方法務局の端末から見つけ出した。「やれやれ、、、こんな細工、誰が気づくっていうんだよ」と彼は独り言を漏らす。
登場する元受託者の正体
姿を消した司法書士
その信託契約に関与していた司法書士は、すでに業務を廃業していた。最後の登記記録には「体調不良により退職」と書かれている。だが、調べていくとその人物は別名義で新たな事務所を都内で開いていた。
登記の波間に沈んだ真実
シンドウはつぶやいた。「これは、信託を利用したマネーロンダリングの片棒じゃないのか?」信託を使えば、元の財産が誰のものであったかを表に出さずに済む。そんな“使い方”が現実に行われていたのだ。
最後のひと押しはサトウさん
法務局への電話一本
サトウさんが電話したのは、隣県の法務局だった。「数年前にその不動産の一部が一瞬だけ登録された記録、ありますよ」その一言で、全てがつながった。
謎は信託の余白にあった
契約書には「第三受益者が不在の場合は、残余財産は法人に帰属する」と書かれていた。その法人が、解散したソレイユ企画だった。つまり、最初から財産は法人に吸い上げる仕組みだったのだ。
すべてのピースが揃うとき
遺産分割の裏にあった動機
依頼人の兄が、父の財産を一部法人経由で自分に還流させるために仕組んだ偽装信託。兄はすでに国外にいたが、税務署からもマークされていた。
シンドウのひとこと
「信託って便利だけど、、、人間の欲はもっと複雑だな」机に肘をつきながら、彼はサトウさんにコーヒーを頼む。「無糖で」と言った瞬間、「わかってます」と返され、ちょっとだけ照れた。