謄本が語る静かな証言

謄本が語る静かな証言

午前十時の来訪者

古いスーツに身を包んだ中年男性が、私の事務所のドアをそっと開けた。手には厚みのある書類と、微かに震える手。明らかにただならぬ様子だった。

「ここ、司法書士事務所ですよね……」彼の声は細く、背後に何かを隠すような気配を感じた。

私は手元のコーヒーを置き、「ええ、そうですが」と答えると、隣の席からすかさずサトウさんの冷たい視線が私に向けられた。

古びた登記簿と怯えた依頼人

男は分厚い謄本の束を机の上に置いた。紙は黄ばみ、角はめくれていたが、整理された付箋がその重要性を物語っていた。

「父の土地が……いつの間にか他人のものになってるんです」

静かに語られたその言葉に、私は思わず眉をひそめた。こういう話は、たまにある。

サトウさんの視線が冷たく鋭く

「それ、平成の初めの登記ですね」とサトウさん。彼女はすでにページをめくり、付箋の位置を確かめながら、淡々と指摘を始めた。

「この所有者移転、相続って書いてますけど……被相続人が死んだ日付が、妙です」

やれやれ、、、朝から厄介な依頼だ。私は心の中でため息をついた。

一枚の謄本が告げる違和感

問題の登記は確かに相続による移転を示していた。しかし、それに添えられた書類には不自然な日付と名前のズレがあった。

「この筆跡、変じゃないですか?」私は思いきって言った。

筆跡は途中から微妙に変化しており、まるでサザエさんの声優がいつの間にか変わってたことに気づくような違和感だった。

登記簿から浮かび上がる偽造の影

私は他の登記簿と照合を始めた。相続登記は提出書類が多く、抜け目があれば見つけやすい。

「あった……これ、戸籍が別人のものだ」

偽造書類。それもかなり巧妙なやつ。だが、私とサトウさんの目は誤魔化せない。

隠された相続と失踪の謎

調べを進めると、失踪したとされる父親は実は死亡届が出されておらず、どこかで生きている可能性が出てきた。

「名義変更のために、誰かが勝手に死んだことにしてる……」

私は自分の言葉にゾッとした。これは登記の問題を超えて、犯罪の匂いがした。

十五年前の名義変更に潜む罠

さらに調べると、十五年前の登記の際に提出された委任状に不自然な署名があった。

しかも、押印されている実印の印影が、本人の過去のものと微妙に異なる。

「これ、スキャンした印鑑をコピーして貼ってますね」

証拠の断片をかき集める地味な作業

登記識別情報の有無、実印証明書の発行履歴、公証人の記録……私たちはひとつひとつを照合していった。

サトウさんが言う。「こんな雑な偽造、昭和の探偵漫画にも出てきませんよ」

私は軽く苦笑しながら、目を細めた。

やれやれ、、、またか

なぜか、こういう地味なトラブルほど私のところにやってくる。

「まるで、登記界のコナン君ですね」と依頼者が笑ったが、正直褒められた気がしない。

だが、謄本は確かに語っていた。静かに、そして明確に。

登記申請書に残された違和感

「この申請書、ファクスの送信日時と日付印が一致しません」

サトウさんの鋭い指摘が決め手となり、書類の時系列に明確な矛盾が発見された。

「やったな、サトウさん」と私が言うと、「当然でしょ」と彼女はそっけなく答えた。

決め手は郵便消印だった

封筒に押された消印は、提出書類の日付より一週間後だった。

つまり、提出された書類は事後に差し替えられたものだ。

「サザエさんの次回予告よりも予想しやすい展開ですね」と私はぼそりと呟いた。

配達日が偽造の矛盾を突く

調べに調べを重ね、ようやく全体像が浮かび上がる。

父親を死んだことにして土地を奪ったのは、なんと親族だった。

謄本の記録が、すべてを暴いたのだ。

動き出した法務局と警察

私たちは証拠を法務局に提出し、すぐに警察の調査が入った。

依頼者は涙を流しながら「本当に、ありがとうございました」と何度も頭を下げた。

私はただ、「私は記録を読んだだけです」と答えるだけだった。

偽造者は誰だったのか

後日、偽造を行っていたのは依頼者の叔父であることが判明した。

理由は借金返済のため。土地を担保にしようとしたのだ。

サトウさんは、「浅はかですね」と冷たく切って捨てた。

静かに語る謄本の証言

紙の上に記された情報。それだけで、ここまでの真実を導ける。

司法書士というのは、地味だけど、時に誰よりも鋭く真実に迫る職業だ。

そう、自分に言い聞かせるように、私は目の前の謄本を閉じた。

「シンドウさん、今回は冴えてましたね」

サトウさんがそう言った。

「え? 今なんて言いました?」私は驚いた。

「別に。気のせいです」そう言って、彼女はコーヒーを淹れに立った。

事件の終わりとコーヒーの苦味

依頼者が帰った後、事務所には静寂が戻った。

コーヒーの香りが部屋に満ちる。だがその味は、やけに苦く感じた。

やれやれ、、、明日こそ、平和な一日でありますように。

真実は静かに書類の中に

誰もが見逃すその記録の片隅に、真実は息を潜めていた。

それを拾うのが、私たち司法書士の仕事だ。

次の事件も、きっとまた謄本が語ってくれるだろう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓