名義が消えた日

名義が消えた日

静かな朝の異変

一本の電話

朝のコーヒーをすすろうとしたその時、事務所の電話がけたたましく鳴り響いた。 ディスプレイには見慣れない番号が表示されている。地方の司法書士としては、知らない番号からの電話はろくでもないことが多い。 受話器を取ると、少し震えた女性の声が飛び込んできた。「登記簿から私の名前が…消えてるんです…」

依頼人の不安げな声

彼女の話は要領を得なかったが、要するに、売買も相続もしていないのに不動産の名義が自分から他人に変わっているという。 一瞬、詐欺かと思ったが、話を聞く限り、抹消登記が“職権”でなされているらしい。 「やれやれ、、、朝から厄介ごとか」と、心の中でため息をついた。

登記簿の違和感

サトウさんの冷静なツッコミ

「これ、職権抹消ですね。たぶん法務局が処理したんです」 サトウさんがパソコン画面を覗き込みながら、ため息混じりに言った。 彼女の塩対応は朝から変わらない。が、それが逆に頼もしい。

抹消済の表示に潜む異常

法務局の登記情報提供サービスで閲覧した登記事項証明書には、確かに「登記の職権抹消」が記載されていた。 しかも、理由欄には「登記官の判断による」とだけある。そんな曖昧な理由で、名義が消されることがあるのか? 何かが引っかかる。妙な寒気が背筋を這い上がった。

消された名義の意味

本人の意思ではなかった

依頼人に確認を取ると、彼女は一切登記の申請も委任もしていないという。 過去の不動産取得についても、問題はなかったと主張する。 つまり、本人の知らぬ間に“善意の第三者”のふりをした誰かが動いた可能性がある。

システムミスかそれとも

だが、登記官が勝手に職権で抹消するには、それなりの「根拠」が必要だ。 それがもし虚偽だったとしたら、誰かが何かを仕組んでいる。 「まるでルパン三世が変装して登記官に化けたみたいですね」と言ったら、サトウさんに真顔で無視された。

過去の登記情報の追跡

旧ファイルの違和感

古い謄本ファイルを調べていると、一通の写しが目に留まった。 普通の謄本と違い、記録欄に消しゴムでこすったような不自然な痕跡がある。 「これ、、、誰かが“なかったこと”にしようとしてません?」とサトウさん。

筆跡とタイムスタンプ

記載内容を精査していくと、そこに押された登記官の印影が、本来の署名と異なることに気づいた。 さらに、処理日付が登記官の出張期間と一致していない。 つまり、誰かが“在席中”を装って登記をいじったのだ。

市役所とのすれ違い

役人の曖昧な返答

「当庁の記録では、確かに本人確認が済んでおります」 市役所の担当者は、マニュアル的な言葉を繰り返すばかりだった。 しかし、こちらが指摘した矛盾点に対しては明確な返答を避ける。

内部の職権発動履歴

サトウさんが法務局の知人にこっそり問い合わせたところ、 「その抹消、実は一度内部でも議論になってたんです」との情報が入った。 正規のプロセスを踏んでいなかった可能性が高まった。

疑惑の司法書士

同業者の怪しい動き

過去の登記記録を見ると、依頼人の物件に関与していた司法書士の名前が浮上した。 名前を見て、背中に嫌な汗が流れる。数年前、詐欺まがいの申請で処分寸前になった人物だ。 「まるで“あなただけ見えない”の真犯人みたいですね」また無視された。

法務局からの警告

その司法書士が関わっていた案件に対し、過去に法務局が調査を入れていたことがわかった。 今回の抹消も、彼が偽造書類を提出した可能性がある。 「やれやれ、、、法務局も人が足りないんだな」とつぶやいた。

証拠は机の中に

旧申請書に残された朱印

件の司法書士の旧事務所を訪ねると、もぬけの殻だった。 だが、古びた机の引き出しから一通の写しが出てきた。 そこには、件の名義変更に関する“二重申請”の跡と、朱印が押されていた。

故意か事故かの境界線

これが証拠となり、依頼人の名義が正当に回復される道筋が見えた。 職権抹消が「誤りだった」ことが公式に認められた瞬間だった。 「事故のふりした計画犯罪って、推理漫画でよくあるやつですね」ついにサトウさんも納得顔だった。

サトウさんの決断

彼女が動いた理由

実は、サトウさんの旧友がこの司法書士と因縁があったらしい。 「私情で動いたわけじゃありません」と言いながら、目は少しだけ怒っていた。 頼りになる助手は、時に主役よりかっこいい。

鍵となる一通のFAX

最後の決め手となったのは、登記申請直前に送られていたFAX。 送信元が明らかに司法書士事務所でない個人名義だった。 これが決定的な不正の証拠となった。

やれやれ真実はいつも泥臭い

名義回復の手続き

訂正登記の申請を経て、無事に依頼人の名義が回復された。 すべての経緯を丁寧に記録し、報告書も提出した。 正しいことをするのに、どうしてこんなに骨が折れるのか。

依頼人の涙と感謝

「本当に…助かりました…」と、電話越しに泣きじゃくる依頼人。 僕は「いや…仕事ですから」と言いながら、ちょっとだけ泣きそうになった。 やれやれ、、、今日のコーヒーは冷めすぎた。

再び静かな事務所にて

シンドウの反省とコーヒー

ようやく座って、ぬるくなったコーヒーをすすった。 反省点はいろいろある。もっと早く動いていれば、依頼人の不安は軽くなったかもしれない。 だが、これが僕の限界でもある。

サトウさんの一言が刺さる

「今度は、忘れずに鍵かけて帰ってくださいね」 またか、と思いながら頭をかくと、 彼女はうっすら笑っていた。事件解決より、その笑みのほうが救いだった気がした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓