登記簿に消えた友情

登記簿に消えた友情

朝の来訪者

懐かしい名前と古い約束

梅雨の名残が残る蒸し暑い朝、事務所のドアを開けてきたのは、十数年ぶりに見る顔だった。
「おう、シンドウ。久しぶりだな」そう言って笑ったのは、かつての高校野球部のエース、田島だった。
彼の笑顔は相変わらず爽やかだったが、その背中にはどこか翳りが見えた。

司法書士シンドウのうっかりスタート

書類棚をガサガサと漁って、必要なファイルを取り出すつもりが、全然違う依頼人の登記簿を引っ張り出していた。
「やれやれ、、、朝からこれか」と呟きつつ、サトウさんの冷たい視線を背中に感じる。
そんなことはいつものことだ、俺にとっては日常茶飯事である。

裏口からの依頼

登記の依頼に潜む違和感

田島の依頼は、ある空き家の名義変更だった。
ただの相続登記かと思いきや、資料に目を通すと、何かが妙だった。
所有権移転の原因が「贈与」になっていたのだが、そこに添付された契約書があまりにも稚拙だった。

「サトウさん」の塩対応と即分析

「この契約書、パソコンで作成した日付と署名のインクの年代が合ってませんね」
サトウさんがそう言って、顕微鏡レベルの冷静さで書類をチェックする。
俺は思わず「ほんと君はキャッツアイみたいだな」と言ったが、「それって色っぽい三姉妹のほうですよね?私、一人ですけど」とピシャリ。

友情と土地と数字

かつての親友の現在

田島は高校卒業後、地元で不動産業を営んでいると聞いていた。
だが、その経営が傾き、今ではかなり無理な登記や契約を繰り返しているらしい。
あの頃、あんなにまっすぐだった男が、どうしてこうなってしまったのか。

登記簿に浮かぶ不可解な記録

調べを進めるうちに、件の空き家は数年前にも別の人物名義で一度登記されていたことがわかった。
つまり、一度売買され、また戻されている。
それは、裏口登記にありがちな「偽装贈与」の典型的なパターンだった。

動き出す過去

元野球部時代の秘密

俺と田島には、もう一人の親友がいた。マネージャーだった「安藤」だ。
そしてその空き家は、かつて安藤の祖母が住んでいた家だった。
つまり田島は、昔の仲間の財産に手をつけようとしているのかもしれない。

消された名義と残された印鑑

古い登記簿の写しには、安藤の名が一瞬だけ載っていた。
そして添付されていた印鑑証明書には、既に死亡届が出された後の日付があった。
つまり、その書類は誰かが勝手に準備した「死者の書」だったのだ。

サトウさんの冷静な推理

捨て印のクセに隠された真相

サトウさんは複写された書類を丹念に調べ、「捨て印が妙に傾いているのが不自然」と指摘した。
確かに普通、そんな斜めの角度では押さない。つまり、それは偽造の証拠になり得る。
しかも、それと酷似した捺印が、田島の別件登記でも使われていた。

契約書裏面の書き換え痕

裏面にUVライトを当ててみると、消された文字が浮かび上がった。
「安藤の了承を得た」と書かれていたはずの箇所が、上から修正テープで隠されていた。
彼は、友情を売ることで借金を返そうとしていたのだ。

やれやれ、、、と僕はつぶやく

それでも足を運ばねばならぬ

田島と会うために、彼が経営するボロボロの事務所へ向かう。
途中、雨が降り始め、折りたたみ傘を忘れたことに気づく。
「やれやれ、、、ほんと、俺は何をやってるんだか」とため息をついた。

古びたアパートの再会

田島は、もうすべてを察していたようだった。
「俺が悪いんだ。けど、あの家だけはどうしても守りたかった」
守るために壊す、そんな矛盾に満ちた言い訳を、俺は何も言えずに聞いていた。

崩れる友情の証明

故意か過失か

司法書士として、俺は事実だけを確認する必要がある。
印鑑の筆跡、書類の矛盾、そして偽造の形跡。
それらを淡々と警察に提出する。それが俺の仕事だ。

司法書士が突きつける最後の印鑑

「これが、君の印鑑だな?」と俺が突き出すと、田島は目を伏せた。
「……ああ、俺がやった。全部、俺だ」
その瞬間、かつての親友は、ただの依頼人へと変わった。

結末の登記簿

訂正された名義と涙の書類

登記簿は正式な手続きを経て、安藤の遺族へと戻された。
田島は自首し、不正登記の責任を取ることになった。
一枚の書類の裏に、友情の崩壊が静かに綴られていた。

サトウさんの冷たいようで優しい言葉

「情だけで動いてたら、あなたも潰れますよ」
サトウさんのその言葉は、塩対応ではあったが、芯から優しかった。
そして、今日も彼女の方がずっと名探偵だった。

独り夜の事務所にて

また一つ、心に刻まれる事件簿

机の上には、今日提出した報告書と、冷めた缶コーヒーが並んでいた。
夜は深く、静かだ。サトウさんはもう帰った。
「登記簿に友情が残れば、よかったのにな」そんな独り言が、虚空に消えていった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓