訂正申請は恋のはじまり

訂正申請は恋のはじまり

登記所での小さなミス

午前九時の電話

「もしもし、登記内容に誤りがあるようで……」
そんな一報で僕の月曜は始まった。電話口の声は若く、どこか頼りなげで、それでいて懸命だった。
聞けば、数日前に提出した相続登記に記載ミスがあったという。地番が一つ、違っていたらしい。

添付書類に潜む違和感

登記済証と戸籍の束をめくるたびに、違和感が大きくなる。依頼人の話と書類の内容が、どこか微妙に噛み合わない。
「これ、もしかして……サトウさん」
僕の呼びかけにサトウさんが即座に反応する。「添付の除籍謄本、昭和じゃなくて平成じゃないですか? 誰か、嘘ついてますね」

依頼人はなぜか動揺していた

相続登記に潜む秘密

午前中のうちに依頼人が訪ねてきた。若い男性で、どうやら名義変更を急いでいた様子。
その態度には不自然な焦りがあった。まるで何かを隠そうとしているような。
「おじいさんの遺言ですから……早く手続きを済ませたいんです」と繰り返す彼の目は、どこか泳いでいた。

赤面する男と塩対応のサトウさん

「訂正の理由、説明していただけますか?」サトウさんの声は冷たくも毅然としていた。
その質問に、依頼人は明らかに動揺した。僕が昔、野球部で監督に怒られたときと同じ顔だ。
「実は……その……本当は、地番を間違えたのは、ある人に会いたくて……」彼は顔を真っ赤にした。

調査開始と旧登記簿の謎

筆界のずれと一通の手紙

登記簿の過去履歴を追ううちに、ある旧い名が繰り返し現れた。
それは今回の依頼人の母方にあたる人物で、どうやら地番の隣地にも関係があるようだった。
そして、古い謄本の裏に、封をされたままの手紙が綴じられていた。

恋文か、それとも証拠か

その手紙は、依頼人の母が若い頃にしたためたものだった。
宛先は、隣地の所有者――つまり、サトウさんの叔父にあたる人物だった。
「登記を通じて再会を試みた、ってことですかね……まるで月曜夜の連ドラですね」とサトウさんがぼそり。

サザエさんのような偶然

商店街でのすれ違い

帰り道、商店街でばったり依頼人とサトウさんが出くわした。
お互いを知らぬふりしながらも、微妙な空気が流れる。なんというか、磯野家の波平と三河屋さんの立ち話のような、妙な間合い。
「これ、恋愛フラグってやつか?」と、僕は心の中で苦笑した。

元野球部の記憶が鍵に

手紙の筆跡を見て、僕はあることを思い出した。高校時代、球場裏で渡されたラブレターの字とそっくりだったのだ。
「まさか、あのときの子が……」僕は冷や汗をかいた。
そうだ、今回の依頼人の母親は、僕のかつての片想いの相手だった。

やれやれ、、、書類は嘘をつかない

訂正申請書に隠された真実

訂正申請書を改めて確認すると、誤記されたはずの地番が、正しくは母親が最後に住んでいた場所だったことがわかった。
つまり、訂正ではなく「本来の意志」だったのだ。
「やれやれ、、、登記ってのは、書いた人間の気持ちまで載せてしまうんだな」と思わず呟いた。

サトウさんの推理と一歩先の恋心

「それ、最初から気づいてました」サトウさんがいつもの無表情で言う。
「けど、気づかないふりしてたほうが、恋って続くんですよ」
サトウさん、あなた、いつの間にそんなことまで読めるようになったんだい。

恋と登記と両方の行方

登記簿に記されない感情

事件は終わり、訂正も済んだ。けれど、何かが始まったような気もした。
登記簿に書かれない想いや記憶、そんなものも僕らの日常にはある。
恋も、感情も、書類では証明できないけれど、確かに存在するのだ。

最後に印鑑を押すのは誰か

依頼人が帰るとき、彼はふと振り返って言った。「また何かあったら相談してもいいですか?」
僕は肩をすくめて、「恋愛相談は専門外だよ」と返した。
サトウさんはと言えば、無言で印鑑をポンと押していた。まるで、それが彼女なりの承認のように。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓