老犬が導いた登記の影

老犬が導いた登記の影

のどかな散歩道に忍び寄る違和感

朝の空気がまだ冷たい中、いつものように私は近くの山道を歩いていた。途中、白い毛並みの老犬がよろよろとした足取りで道端を嗅ぎ回っているのを見かけた。飼い主らしき人物は見当たらず、不思議な気配を残したまま、犬はふと山の小道へと消えていった。

サトウさんの溜息と老犬の尻尾

事務所に戻ると、サトウさんがすでにパソコンに向かっていた。顔も上げずに「散歩ですか?また犬と語らってたんですか」と冷たい一言を浴びせられる。私は「いや、今朝はちょっと変だったんだ」と言いかけたが、どうせ聞く気がないだろうと、曖昧に笑って話を切り上げた。

謄本と名義に残された齟齬

その日の相談は、近くの古家に関する名義変更だった。依頼者は遠縁の相続人で、手元の謄本と実際の土地利用状況が合っていないという。登記簿上の名義人は既に亡くなっており、その後の動きがどうにも不自然だった。

山のふもとの小さな平家

現地調査に向かったその家は、かつて誰かが住んでいた気配はあるが、今は朽ちかけた無人の家屋だった。入口の前に、朝の老犬がちょこんと座っていた。まるで、ここが自分の家であるかのように、静かにこちらを見ていた。

名義変更がされない理由

調べるうちに、この家には20年前に売買契約がされていた痕跡があったが、登記は未了のままだった。つまり、名義人は既に他界しているが、買主側の登記申請がされていなかったのだ。理由がわからないまま、私は地元の不動産業者を訪ねることにした。

封印されたはずの遺言書

そこで出てきたのは、一通の遺言書のコピーだった。内容は、「この家は犬の世話をしてくれた者に譲る」とだけ記されていた。まるで、サザエさんのタマが財産を相続するかのような話だが、それが登記の動きを止めていた鍵らしい。

老犬の足取りが示すもの

ふたたび山道に出て、老犬のあとを辿った。犬は何度も振り返りながら、私を導くように歩く。やがて、藪の中に埋もれるように立つ郵便受けの前で、犬はぴたりと止まった。そこには、色褪せた封筒が差し込まれていた。

郵便受けに入っていた謎のコピー

中身は、古い登記申請書の控えだった。が、そこに貼られている印紙は破れており、受付印もない。提出された形跡がないまま放置されていたもののようだ。これは、売買が成立したが登記が頓挫した証拠かもしれない。

登記簿のすき間に潜む真実

私が法務局で謄本を精査すると、ある矛盾が浮かび上がった。過去に抹消された仮登記の番号と、この未提出書類の記載番号が一致していたのだ。つまり一度、誰かが故意に登記の流れを止めていた可能性がある。

あのときの山林売買契約書

ふと、以前に担当した別件の山林売買契約書が脳裏をよぎった。当時の買主の名前と、今回の仮登記の抹消請求者の名前が一致している。これは偶然ではない。どこかで一つの線に繋がるはずだ。

旧地番と新地番の罠

件の土地は合併によって地番が変わっていたが、申請書は旧地番のままだった。それにより、登記申請が却下された過去があることがわかった。その混乱を利用して、権利関係をごまかそうとした者がいたのかもしれない。

記憶の中の赤いハンコ

その時、ひとつの記憶が蘇った。以前、山奥の家で見かけた赤い実印。どこか不自然な位置に保管されていたが、今回の登記書類に押されていた印と完全に一致していた。やはり、誰かが無理に進めた手続きだったのだ。

サトウさんの反応が早すぎる件

事務所に戻って報告すると、サトウさんは「その家、もう登記していいですよ」とすでに処理を終えていた。どうやら、私が山で犬を追っていた頃、彼女は役所から全ての資料を揃えていたらしい。「さすが名探偵コナンだな」と言ってみたが、返ってきたのは無言のため息だった。

やれやれ、、、とぼやく午後三時

コーヒーを飲もうとして、空っぽのカップを見て、私はため息をついた。「やれやれ、、、結局、俺は犬の手下ってことか」とつぶやくと、サトウさんが一言、「犬の方がよく働いてましたね」と追い打ちをかけてきた。

司法書士としての一手

それでも私は、申請書を整え、最終的な登記手続を無事に終えた。やることはやる。誰かが仕掛けた謎を解き、権利を正すこと。それが司法書士の役目だ。そう自分に言い聞かせながら、ようやく椅子に体を沈めた。

真相は山の奥に眠っていた

結局、登記が止まっていたのは、遺言を無視して無理やり進めようとした第三者の工作だった。老犬は、過去の持ち主に飼われていた犬だったらしい。その習性が、今回の謎解きのカギになったのだ。

登記申請のタイミングの妙

もし、あの朝に犬と出会わなければ、この事案は長引いていたかもしれない。誰もが気にしない「タイミング」が、司法の世界では命取りになることもある。今回、それを改めて痛感した。

老犬の遠吠えが聞こえた夜

事件が終わったその夜、私はふと山道を歩いた。暗闇の中、遠くで犬の遠吠えが聞こえた気がした。もうその姿はなかったが、どこかで見守っている気がしてならなかった。

終わった事件と新しい朝

翌朝、郵便受けには新しい登記完了証が届いていた。事件は解決した。だが、書類の山は変わらず私の机に積まれている。やれやれ、、、と思いながら、私は朝のコーヒーを淹れ直した。

サトウさんの冷たいコーヒー

机の上には、サトウさんが置いたらしき冷たい缶コーヒーがあった。無言の労いか、あるいは皮肉か。どちらでもいい。私はそれを開けて、一息ついた。

もう一件、謄本が届いていた

気づけば、ファクスから謄本の写しが一枚出ていた。差出人は不明。物語は、また始まりそうだ。司法書士という職業に、終わりはない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓