隣地からの苦情
突然届いた内容証明
午後三時、事務所のファクスが不穏な音を立てて一枚の書面を吐き出した。差出人は、隣地に住むという男性。内容は「貴所が関与している土地の境界が越境している」との指摘だった。まるで火曜日のサザエさんで波平がカツオのいたずらに眉を吊り上げるような、理不尽さに満ちた文面だ。
不動産境界の争い
依頼人である中年女性は、相続で得た古家付き土地について相談に来ていた。私道を挟んで隣接する敷地との境界線が曖昧で、「草木がこっちにはみ出してる」と苦情を言われているという。私はとりあえず登記簿と地積測量図を確認することにした。
境界杭と古い記憶
昭和の測量と平成の誤解
昭和56年の測量図は手書きの味があるが、今となっては精度に欠ける。そのうえ、平成の初期に誰かが塀を建て直したらしく、現在の境界と合っていない疑いが出てきた。まさに「平成の大工の一筆ミス」がここにきて火種となったわけだ。
地積測量図が語る過去
書類の片隅には「仮杭」の文字があった。恒久的な境界ではなかったということだ。こうなると話はややこしい。近隣住民との立会いや現地調査が必要になる。私は胃薬を取り出し、そっと一粒かじった。
サトウさんの冷静な視線
ブロック塀の「違和感」
「この塀、斜めになってません?」パソコン越しにサトウさんが言った。図面と現況を比較していた彼女は、違和感を瞬時に察知したらしい。現地写真を見ると、確かに塀のラインが少しズレていた。私は思わず「さすが令和のデジタル猫目刑事だな」とつぶやいた。
登記事項証明書の罠
被相続人が数年前に住所変更をしていなかったため、登記簿の所在地と現況に齟齬があった。それを逆手に取ったかのような内容証明だった。つまり、相手はこの齟齬をついてきている。やれやれ、、、土地ってのは、人の心よりずっとややこしい。
庭から漂う異臭
物置の陰に咲く花
現地調査に同行した日、隣地との境にある物置の裏から、妙な匂いがした。土の中から顔を出していたのは、名前のわからない紫色の花。異様なほどに甘い香りが鼻腔をくすぐる。直感的に「これはただの越境じゃない」と思った。
おかしなカラスの行動
カラスが一羽、塀の上でしきりに鳴いていた。地面をつつき、何かを掘り返すような仕草をしていた。近所の人によると、数日前からその場所にカラスが集まるようになったという。これは、、、偶然ではない。
境界の奥にあったもの
竹やぶの掘り返し
境界確定作業の一環で土を掘ったところ、土中から古びた布と骨が出てきた。警察が来るまでの間、私はただ無言で佇んでいた。司法書士とは、時に死の入り口に立つ職業なのかもしれない。
白骨と古い手帳
骨とともに見つかったのは、革のカバーが腐りかけた手帳だった。中には「〇〇月×日、杭移動完了」と書かれていた。誰かが意図的に境界をずらし、そしてその事実を闇に葬ろうとしていたのだ。
疑われる依頼人
所有者不明土地の真実
調べた結果、隣地の一部は登記簿上の所有者が既に死亡しており、相続登記もされていなかった。依頼人の土地が勝手に使用されていた可能性が出てきた。彼女は一転して被害者だったのだ。
遺言と遺留分のゆらぎ
見つかった手帳には、誰かの筆跡で遺言の草案らしきものも書かれていた。筆跡鑑定が必要だが、このままでは遺留分侵害も絡んできそうだった。話は、想像以上に深く根を張っていた。
サトウさんの推理
手帳に残された数字の意味
「この数字、方位角じゃないですか?」とサトウさん。見れば、手帳に記された数字列はまさに測量用の座標だった。死者のメッセージは、測量士へのラストメッセージだったのかもしれない。
境界確認書とサインの謎
過去に交わされたという「境界確認書」にも不自然な点があった。サインの日付が、当人の死亡後になっていたのだ。となれば、誰かが筆跡を真似て書いたことになる。犯人は身近にいる。
誰が土地を守り誰が殺したか
登記と嘘の境界線
土地の境界とは、紙の上の線でしかない。しかし、人間の欲望はその線を超えて侵食する。犯人は、隣地の現所有者である男性だった。塀の中に隠された真実を、彼は死者に語らせなかった。
真実は杭の外にある
殺害の動機は、土地の権利ではなく過去の怨恨だった。登記を利用した偽装が、逆に彼を追い詰める結果となった。結局、全てを繋いだのは、ただの杭一本だった。
やれやれ、、、の一服
シンドウの過去とホームラン
「あの塀、昔の野球部のバッティング練習のときに見たような崩れ方してましたよね」とサトウさんが言った。やれやれ、、、思い出話まで掘り返されるとは。私はタバコをくわえ、火をつけた。
境界も心も曖昧なままで
塀はまっすぐには戻らない。人の心も、法の隙間も。だが、私は今日も杭を打ち続ける。曖昧な境界に、確かな証明を与えるために。
事件の結末とその後
遺体は誰の土地に眠るのか
結局、白骨遺体は隣地に跨る形で発見されたため、事件現場の特定も複雑を極めた。だが、警察は犯人の自白と手帳の証拠をもとに立件に踏み切った。
土地家屋調査士と司法書士の連携
今回の件で、私は土地家屋調査士と深い連携を持つようになった。塀の向こうにも真実がある。それを知った今、次の境界確認が少しだけ楽しみになっている自分がいた。