登記の窓口は静かだった
外は蝉が鳴いているというのに、法務局の登記窓口は静寂に包まれていた。 申請書類の束をめくる音と、遠くの方で誰かがキーボードを叩く音だけが響いている。 まるで時間が止まったような午後三時、男が一人、私の前に立った。
午後三時の申請者
男は四十代半ば、上下紺のスーツに身を包み、口数が少ない。 差し出された申請書には「所有権移転」とだけ書かれていたが、妙な違和感があった。 それは記載内容ではなく、紙そのものが発する、得体の知れない空気のせいだった。
男の名はアカイ
提出された本人確認書類によると、男の名は「赤井 誠」。 聞き覚えのある名前だが、どこで見たのかまでは思い出せない。 彼が出したのは、とある老朽家屋の合筆登記を含む移転申請だった。
奇妙な申請書
その申請書の違和感は、記載ミスの類ではなかった。 添付されている公図の写しに、違和感があったのだ。 境界線が、まるでフリーハンドで引かれたように曲がっていた。
合筆登記のはずが
合筆対象の地番が、なぜか存在しないものとされていた。 しかも、それは過去に一度、登記されたことのある土地だったのだ。 調べれば調べるほど、過去の痕跡が意図的に消されているように見えた。
不自然な筆界表示
おかしい。筆界がねじれている。 まるで昭和のアニメに出てくる泥棒が、地図を改竄して宝の在り処を隠すような手口。 そんな妄想をしていた時、背後からサトウさんの冷ややかな声が飛んできた。
サトウさんの冷たい視線
「センセイ、申請者が帰ったあとに確認した方がいいかと」 一切の感情を交えないその声には、私への軽い呆れとほんの少しの警告が混じっていた。 私は、事務所に戻ってから改めて資料を精査することにした。
一枚の写しから見えるもの
申請書に添付された建物図面のコピー。 そこには存在しないはずの部屋が、うっすらと描かれていた。 まるで「そこにあったものを忘れないで」と囁いているかのように。
やれやれ、、、俺の出番か
私は机の引き出しから古い登記簿謄本を引っ張り出した。 一枚、また一枚とめくるたびに浮かび上がる、過去の所有者たちの名。 そして、見覚えのある名前。「赤井誠」は、二年前に死亡したはずの男だった。
二年前の登記に潜む罠
調査を進めるうち、ある土地の登記が不自然に抹消されていることに気づいた。 しかも、その時の担当法務局職員の名が、まさに赤井誠だった。 つまり彼は、自分の過去を改ざんするために甦った「亡霊」だったのか?
前の担当は誰だったのか
当時の法務局でその地番を扱っていたのは、別の職員だった。 だが、その職員は申請後まもなく異動となり、記録が追えなくなっていた。 「口を閉ざしたまま去っていった」と聞いたとき、背筋がぞくりとした。
証明できない土地の記憶
「登記は記憶であって記録ではない」 そんな誰かの言葉が脳裏をよぎった。 この申請は、何かを“なかったこと”にするためのものだった。
亡き登記官のメモ
古いファイルの中に、手書きのメモが残っていた。 「地番七二三の件 誰にも言うな 命に関わる」 私は思わず、コナンくんが「真実はいつもひとつ!」と叫ぶ姿を思い浮かべた。
最後の証言者
再び赤井誠を呼び出した。 「あなたは誰ですか?」 彼は静かに笑い、「証明できるものがあるなら、どうぞ」と言い残して立ち去った。
申請者は何を隠していたのか
彼が残したのは一通の遺言公正証書だった。 そこには、隠されていた土地を巡る因縁と、罪の告白が記されていた。 赤井は、自分の過去を修正するためだけに、もう一度法務局に現れたのだった。
窓口で交わされた嘘
彼の申請は最終的に却下された。 だが、彼が何かを託していたのは明らかだった。 登記という仕組みの裏に潜む、「誰かの物語」がそこにはあった。
サトウさんの一手
「センセイ、結局また騙されかけましたね」 背後から冷ややかな声とともに、ファイルが私の机に落とされた。 そこには、赤井の遺言と照合された戸籍がすでにまとめられていた。
旧地番と新地番のズレ
最後の謎は、地番の付け替えだった。 赤井はその“地番の影”に過去を封じ込めようとしたのだ。 だが、地番は変わっても、登記簿のどこかには必ず足跡が残る。
真実は静かに
誰も傷つかず、誰も知らないまま事件は終わった。 だが法務局の片隅で、ひとつの嘘が訂正された。 真実とは、誰かが気づくまでずっとそこに静かに佇んでいるものだ。
登記簿に刻まれた意志
「やれやれ、、、」とつぶやきながら、私は次の相談者を迎える。 今日は新築の建物表示登記。平和そうに見えて、また何かあるかもしれない。 登記簿には、今日もまた“何か”が書き込まれていく。
司法書士という職業の罠
正しさを証明する職業に就いていても、正しさは人それぞれ。 それが登記の怖さであり、面白さでもある。 真実と事実の間に立つのが、司法書士なのだ。
正義か義務か
私はサトウさんに言われた。 「センセイ、今日も正義の味方面して楽しかったですか?」 、、、たしかに私は、また少し夢を見たのかもしれない。
証明が終わるとき
全てのファイルを閉じて、私は机に肘をついた。 赤井誠の話は、登記簿からは消える。だが、私の記憶には残る。 それでいい。それが司法書士の仕事なのだ。
登記が語る結末
事件が終わっても、また次の“謎”がやってくる。 日常に潜む、ささやかな狂気と静かな戦い。 それを見逃さないこと。それが、私の物語の続きだ。