訂正印の奥に隠された声

訂正印の奥に隠された声

午前九時の来客

静寂を破るチャイム

地方事務所の朝は、どこか湿った静けさがある。今日もその空気をコーヒーの匂いがかすかに割っていた。
そんな中、「ピンポーン」という乾いたチャイムの音が響いた。来客だ。
ドアを開けると、やや年配の女性が不安げな表情で立っていた。

サトウさんの冷静なひと言

「予約していませんが、見ていただけますか?」と女性が切り出すより早く、
奥のサトウさんが顔を上げた。「どうぞ。今日は妙に静かですし」と塩味の効いた返事が飛ぶ。
この人の冷静さには、もう驚かない。僕は頭をかきながら来客に椅子を勧めた。

依頼内容と違和感

登記済証の中の違和感

女性が差し出した登記済証。中を見ると、一見すると何の変哲もない変更登記。
だが僕の目はある一点で止まった。所有者の名義変更が、妙に急だ。
しかも委任状が、やけに新しい。まるで何かを急いで処理したような…。

依頼人の視線が泳ぐ

「相続の関係で、いろいろありまして…」
そう言いながら、女性の目が机の上をさまよう。その動きに見覚えがある。
そう、サザエさんのカツオが宿題を忘れた時の、あの焦りとそっくりだった。

過去の登記簿との矛盾

どこかで見たこの名義

「この物件、過去に関与したことがあったかもしれません」
そう呟きながら過去の登記簿を開いて驚いた。5年前、確かに僕が登記した案件だった。
だが当時の所有者は、いまの登記とはまったく関係ない名前だったはずだ。

登記の経緯をたどる

さらに資料を追っていくと、名義が変わった経緯が浮かび上がってきた。
途中にもう一人、別の司法書士が関与していた。それが誰だったかは、すぐにわかった。
やれやれ、、、あいつか。また面倒なやつが出てきたな。

元同僚司法書士の名が浮上

旧知の仲が語る裏事情

元同僚のカミヤ。何年か前に開業したが、書類の扱いが雑で評判はよくなかった。
「この委任状、カミヤ先生の書式ですね」とサトウさんが無感情に言い放つ。
僕は頷きつつ、まるで名探偵コナンの阿笠博士のような深い溜息をついた。

嘘をついたのは誰か

サトウさんの推理が光る

「名義変更は正規に見えるけれど、委任状の日付が矛盾しています」
サトウさんはページをめくりながら言った。「この日、被相続人はまだ生きていたのでは?」
その一言が、空気を凍らせた。依頼人の指先が微かに震える。

思い出された一言

そういえば、彼女が口にした何気ない言葉があった。
「兄が急に全部を進めてしまって…、何も聞かされずに」
あの「急に」という言葉。それがすべてを語っていたのだ。

決定的な証拠

古い委任状に残された痕跡

倉庫の奥から5年前の委任状を引っ張り出した。筆跡が違う。
しかも、押印のズレがある。まるで本物の印影を真似たような形跡がある。
サトウさんがルーペで見て、頷いた。「スキャンして上書きしてますね、これ」

訂正印の不自然な押印

さらに追い打ちをかけたのが訂正印。訂正箇所が無理矢理消され、上から押されていた。
不自然な位置、妙に濃い印影。これは素人の仕業じゃない。
カミヤのクセが、逆に決め手になった。

問い詰めと沈黙

依頼人が口にした名前

「兄が、全部勝手にやったんです」
依頼人の目から涙が一粒こぼれた。
「私は止めたんです。でも…母が亡くなったばかりで…何も言えなくて…」

崩れ落ちる言い訳

彼女の肩が震えていた。嘘をついたというより、真実から逃げていたのだろう。
その姿はまるで、ルパン三世に裏切られた不二子のように切なかった。
言い訳はもう何の意味も持たなかった。

真相と動機

親族間の隠された争い

兄弟間での財産トラブル。よくある話だが、そこに少しだけ手を加えれば、登記も変えられる。
兄はそれを知っていた。そして、信頼していたカミヤを使った。
だが、小さな綻びが、すべてを崩壊させた。

登記の裏で交わされた約束

依頼人は、兄との間で「後からきちんと分ける」と言われていたらしい。
だがその言葉は、紙にも記録にも残っていない。
「言葉だけでは、登記は動かせません」僕は静かにそう伝えた。

結末と反省

登記ミスより心に刺さった一言

最後に、彼女がぽつりとつぶやいた。
「結局、母の最後の願いも守れなかった」
その言葉の方が、訂正印のミスよりずっと痛かった。

帰り際のサトウさんの本音

「こういうの、毎度あると疲れますね」
いつもの無表情ながら、少しだけサトウさんの声が低かった。
僕は「ほんとだよ…」とつぶやいて、肩をすくめた。

午後の事務所にて

やれやれ、、、今日も無事じゃないな

午後の事務所は少しだけ空気が重い。
コーヒーを淹れ直して一息ついた時、またドアがノックされた。
やれやれ、、、一息つく間もないらしい。

次の依頼者がドアを叩く

サトウさんが目を上げた。「また来ましたよ。今度は誰の涙ですかね」
僕は立ち上がり、ドアノブに手をかける。
推理と現実の間で、また一つ、登記の謎が待っている気がした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓