依頼人は戸籍を失った
ある日届いた奇妙な相談
朝一番、事務所のファクスが唸りを上げた。文字が滲んで読みにくい手書きの相談書。その内容に、思わずコーヒーをこぼしそうになった。
「私は戸籍がありません。戸籍を復元したいのです」
なんとも唐突で、何かの小説の冒頭みたいな話だった。
戸籍が存在しないという矛盾
どこの市町村に問い合わせても、依頼人の戸籍が見つからないという。戸籍がないとはどういうことか。出生地も実家の情報も曖昧で、本人も一部記憶が曖昧だと言う。
「自分が誰なのか、わからないんです」
まるでルパン三世に登場する偽造パスポートの話を思い出す。
サトウさんの違和感
塩対応の裏に光る洞察力
「本当に存在してたんですかね、その人」
サトウさんは、相変わらずの塩対応でぽつりとつぶやいた。だが彼女のその目は、すでに一歩先を読んでいる。
「改製原戸籍、見ましたか?」
その言葉に、自分が見落としていた視点を突かれた気がして、舌を巻く。
改製原戸籍にヒントあり
旧い戸籍、いわゆる改製原戸籍を市役所で探し出す。そこに一瞬だけ登場する名前「山本カツオ」。消されたような筆跡だった。
「サザエさんの弟と同じ名前だな……」と思わず苦笑いしたが、その裏に大きな真実が眠っている予感がした。
本籍地をたどる
消えた村と古い地図
昔あったという村は、今やダムの底。戸籍簿も水に沈んだのか、資料館の奥で埃をかぶっていた。かつての番地を示す古地図の上に、赤鉛筆で丸がつけられていた。
「誰かがこの地を消そうとした」と、そう思わずにはいられなかった。
遠く離れた山間の役場
車で4時間。舗装もままならぬ道を抜けた先に、廃村寸前の役場があった。唯一残っていたのは、分厚い除籍簿。
「いましたよ、山本カツオ」
役場の職員がそう言って指差した欄に、依頼人と同じ誕生日が記されていた。
亡父の秘密
除籍謄本に書かれた名前
謄本には、依頼人の父の名前があった。しかし、依頼人はその名を知らないと言う。養子縁組、改名、再婚。書類の海に隠された事実を一つ一つひも解いていく作業は、推理というより発掘だった。
かつて存在した別の家族
そこには、一度だけ作られた家族関係が存在していた。依頼人は、一度籍を抜かれた後、別の家庭で「再製」された存在だった。
「やれやれ、、、ドラマの脚本なら二時間は必要だな」
まるで、名探偵コナンの最終回ばりの展開である。
遺産相続に潜む罠
戸籍がなければ相続もできない
依頼人が戸籍を求めた理由。それは亡父の遺産相続だった。戸籍がなければ、相続人として認められない。そこに、利権を狙う遠縁の親族の影が見え隠れする。
偽造と真正の狭間で
一部の謄本には不自然な訂正印。日付の順序も狂っている。明らかに、誰かの手が加わっていた。
「これは……司法書士の目でなければ見逃す」
自分の経験と職責が、ついに真相に一筋の光を差し込んだ。
司法書士シンドウの推理
やれやれ、、、また一筋縄ではいかない
「依頼人は確かに山本家の子。除籍簿がその証拠」
不完全な証拠をつなぎ合わせ、時間をかけて真実へとたどり着いた。
「人の記憶は曖昧でも、記録は正直だな」
やれやれ、、、まったく骨が折れる仕事である。
戸籍が語らないことを語らせる
法の上では戸籍が全てだ。だが、戸籍には「感情」や「意図」は書かれない。読む者の目がなければ、ただの数字と文字の羅列だ。
そこに意味を与えるのが、司法書士の役目だと、改めて思い知らされる。
真実の行方
父が隠したもう一つの家
依頼人の父は、かつて家庭を捨てた男だった。だが、戸籍の中には、わずかに残された後悔と責任の痕跡があった。
「彼は逃げた。でも完全には逃げ切れなかった」
法の裏にある人間の業
戸籍という制度がある限り、人は完全に過去から逃れることはできない。そこには、血のつながりだけでなく、嘘と真実、希望と絶望が折り重なっている。
結末とその後
依頼人が選んだ未来
すべての事実を知った依頼人は、相続を放棄した。彼にとって本当に欲しかったのは「自分がどこから来たのか」という答えだったのだ。
「これでようやく、前に進める気がします」
シンドウの一日が終わる
夜の帳が下りるころ、ようやく一息ついた。サトウさんはもう帰っていて、事務所は静かだった。
「戸籍一つでここまで振り回されるとはな……」
そうぼやきながら、机に残った書類を片付ける。今日もまた、誰かの人生の一部を整理しただけの日が終わっていった。