消えた相続人と最後の登記簿

消えた相続人と最後の登記簿

消えた相続人と最後の登記簿

ある朝届いた一本の電話

役所から電話がかかってきたのは、雨の音が事務所の窓を叩いていた火曜日の朝だった。 「亡くなった方の相続登記の件でご相談が」と、よくある問い合わせかと思いきや、話は妙に長い。 曰く、相続人が一人、どこにいるかわからないという。

空家になった家と古い表札

依頼人に連れられて現地を訪れた。築50年は経っていそうな木造の家。 表札には「矢崎」とあるが、今では雑草とクモの巣がそれを覆っていた。 隣の家の老婆が「もう20年も誰も住んでいない」と言う。

サトウさんの冷静な一言

車に戻るなり、サトウさんがポツリと言った。 「これ、失踪宣告になってもおかしくないですね」 まるで天気予報でも話すような口調だが、言葉の鋭さは天気予報より正確だ。

登記簿に書かれた違和感

事務所に戻り、古い登記簿を精査する。 そこには、通常であればあるはずの「地番の変遷記録」がすっぽり抜け落ちていた。 あたかも「この土地は空白である」と言わんばかりに。

「生きてるのか死んでるのか」

推定相続人とされる「矢崎真吾」は、住民票も戸籍も辿れない。 平成10年の転出記録を最後に、彼の痕跡は書類の海から消えていた。 「生きてるのか死んでるのか、まるで幽霊だな」と独り言をこぼす。

やれやれ、、、失踪者は僕の苦手分野だ

遺産の分割協議をしようにも、失踪者がいては何も進まない。 「失踪宣告か、もしくは特別代理人か、、、」と悩む僕に、サトウさんの冷たい視線。 やれやれ、、、結局、全部僕の仕事か。

実は生きていたもう一人の相続人

ところが調査の途中、とある電話番号がヒットする。 「矢崎真吾?いや、それ弟の名前ですよ」と答えたのは、矢崎良介という男性だった。 彼は失踪していたと思われた矢崎真吾の兄だったのだ。

戸籍の中の断絶とつながり

矢崎家の戸籍を改めて辿ると、そこには20年前に養子縁組された記録があった。 だがそれは本籍地が移されただけで、表面的にはまるで消えたように見えるものだった。 「表面上の消失」と「書類上の存在」は、この世界では簡単にすれ違う。

謄本の文字が語る過去の闇

法務局で取得した謄本に、古い筆跡のような委任状が添付されていた。 日付は平成元年。差出人は「矢崎美津子」。今は亡き母だという。 そこに書かれた一行、「真吾には知らせないで」が、すべてを語っていた。

サザエさんの再放送がヒントになった

その夜、テレビで何気なく見たサザエさんの再放送。 波平が「相続のことは難しいな」と呟いていた場面で、ピンときた。 「そうか、知ってたんだ、最初から誰かが」

サトウさんの推理と缶コーヒー

「要するに、誰かが真吾さんの存在を意図的に消したってことでしょう?」 自販機で買った缶コーヒーを片手に、サトウさんがまとめに入る。 「それでも、法的には彼は生きてる扱いですからね。やるしかないですよ」

眠っていた遺言と空白の年月

倉庫の奥から出てきた古い金庫には、なんと母・美津子の自筆証書遺言が。 「財産はすべて良介に渡す」と記されていたが、日付が不明で無効。 その空白の年月が、相続人たちを分断し続けていた。

土地の名義に隠された策略

名義変更の申請書を精査すると、そこには矢崎良介が代理人となっていた痕跡が。 だが本人確認資料は20年前のもの。 「これじゃ登記の完了なんて夢のまた夢ですよ」と、僕は額を押さえる。

最後の登記に向けて走るシンドウ

戸籍、遺言、委任状、住民票、、、すべての書類を整え、僕は法務局へと走った。 「これが通れば、ようやくあの空家にも春が来る」 サトウさんは冷静だったが、僕の心は甲子園に向かう時より熱かった。

消えた相続人の正体とその理由

真吾は失踪などしていなかった。彼はただ、家族を拒絶し、どこかで静かに生きていたのだ。 遺産も家も要らないと語ったその言葉は、重くも穏やかだった。 過去の葛藤が、静かに帳消しになっていく。

静かに閉じるファイルと溜息

事務所に戻って、分厚いファイルを棚に戻す。 「終わりましたね」とサトウさんが言う。 「やれやれ、、、これでまた、しばらく静かに登記だけできそうだよ」と僕は笑った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓