移転届と消えた代表取締役

移転届と消えた代表取締役

朝の一報は管轄外から始まった

役所からの問い合わせ

「こちら、○○市役所法人係ですが……」と受話器越しに妙に間の抜けた声が響いた。
朝から立て込んだ書類の山に囲まれたまま、俺は電話に出たことを早くも後悔していた。
依頼人の確認もできていない法人の本店移転がどうとか、話がやけにややこしい。

登記簿に残された違和感

画面に表示された登記事項証明書を見て、俺は首をかしげた。
「移転先」の住所には見覚えがない。いや、それ以前に――なんだこの電話番号。
FAX番号しか記載されておらず、連絡先が一切ないというのは、いかにも怪しすぎる。

新所在地に広がる空白

訪れても誰もいない

午後、俺とサトウさんは現地に向かった。そこは薄汚れた雑居ビルの一室。
表札も看板もなく、扉に会社名らしきものはなかった。
ピンポンを押しても反応はなし。まるで名探偵コナンの黒ずくめの組織が潜伏していそうな雰囲気だ。

ポストの中のヒント

唯一、ポストの中に入っていたのは、公共料金の未払い通知と弁当屋のチラシ。
だがその隅に小さく書かれた「移転通知控え」の写しが、状況を一変させた。
印影のある代表印と一致しているが、それ以外の情報があまりに乏しい。

消えた代表と古い名刺

事務所に残る過去の住所

事務所に戻り、古いファイルを漁ると数年前の名刺が出てきた。
その住所は今回の移転先とは違う、さらに古い場所だった。
まるで本店を転々とさせ、意図的に足取りを消そうとしているようだった。

社判だけが証明する存在

封筒に残された朱肉の印。確かに依頼書に押された代表印と一致している。
だが、その「本人」がどこにもいないのでは話にならない。
やれやれ、、、登記の世界にすら幽霊が出るとは思わなかった。

元役員の話す空白の一年

なぜ今さら移転登記なのか

元取締役という男性に話を聞くと、代表者は一年前から音信不通とのこと。
「書類上は代表者。でも、あいつが何をしているのか誰にも分からん」
それでも、なぜ今このタイミングで移転登記が出されたのか、謎は深まるばかりだった。

引っ越ししていない移転

まるでサザエさん一家が隣の町へ引っ越したと言いながら、オープニングではいつもの家にいるような、
そんな矛盾した話に思えてきた。住所だけ変えて、実態はどこにもいない。
本店の移転ではなく、会社そのものが幽霊化していた。

サトウさんのするどい指摘

一枚のFAXに込められた矛盾

「先生、これって、FAX番号が申請書のものと違いますよ」
サトウさんが机にポンと叩きつけた紙。そこには代表印と一緒に、別の連絡先が記されていた。
「同じ印影なのに、出所が違う」――その事実が事態の核心だった。

やれやれ、、、紙一枚に翻弄される

偽造か、それとも共犯か。まさか、こんな簡単な書類が証拠になるとは。
やれやれ、、、俺は今日も紙一枚の世界で踊らされている。
でもまあ、サトウさんのおかげで助かったと、感謝の一言はちゃんと飲み込んでおいた。

司法書士としての疑念

依頼人の署名は本物か

依頼時に見た委任状の筆跡が頭に浮かんだ。
あれは雑だった。少なくとも代表者らしい筆跡ではなかった。
俺の記憶の中のサインと、今手元にあるそれはまるで違っていた。

届出の裏に潜む不在者

おそらく、代表者の名前を勝手に使った第三者がいた。
その人物こそが、今回の「本店移転」を意図的に仕組んだ黒幕だった。
だが、登記が受理されている以上、訂正には裁判が必要になる。

決め手は登記申請のタイミング

なぜこの日に限って窓口申請だったのか

最近はオンライン申請が主流だが、この会社はなぜか紙申請。しかも本人提出。
「たまたま」その日、法務局で担当者が不在だった時間帯――そこを狙ったとしか思えない。
計算されたアリバイ、計画的な失踪、それらすべてが一本の線につながる。

不動産ではなく法人の罠

この事件は、不動産登記であれば防げたかもしれない。
でも、法人登記は「実態確認」がない。紙と印影だけが正義なのだ。
俺はその不完全さに、今さらながら空しさを感じていた。

法務局職員のうっかり発言

受付簿が語るもうひとつの事実

「あの日、なんか変な人いましたよ。目線を合わせなかったな」
法務局の受付でそう漏らした職員の一言が、ピースを埋めた。
本人ではない、誰かが代理で提出していた可能性が高い。

記録に残らない訪問者

訪問者名簿にも署名はなし。明らかに何かを隠していた。
しかし、映像データは一定期間で自動削除されていた。
「やれやれ、、、証拠は紙か、記憶か、どっちかにしてほしいよな」俺はぼやいた。

本店移転は偽装だった

会社の名を使った逃避行

代表者はすでに国外へ出ているとの情報も入った。
本店移転は「不在者がいることを隠す」ための仮装だったのだ。
俺は司法書士として、何に押印しているのか、もっと疑うべきだったのかもしれない。

登記を使ったアリバイ工作

今回の事件は、登記という公的手続きを逆手に取った知能犯の所業だった。
紙と印だけで人の存在を操作できる恐ろしさ。
それに巻き込まれるたび、俺は「慎重さ」の大切さを知るのだった。

事件の終焉と残されたもの

書類と意思が一致しない世界

結局、代表者は見つからなかった。裁判所で不在者財産管理人が選任されることになった。
だが、登記簿には「現代表者」の名前が残る。
書類と実態が乖離しても、登記は黙ってそれを残す。

サトウさんの冷たい缶コーヒー

「先生、今度から本人確認はもっとちゃんとやってくださいよ」
そう言ってサトウさんが差し出したのは、無糖の缶コーヒー。
やれやれ、、、甘いのが好きなんだけどな、と心でつぶやいて受け取った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓