買戻特約は二度微笑む

買戻特約は二度微笑む

朝の電話と湿った登記簿

旧家の土地に残された謎

「先生、至急でお願いしたい登記がありまして…」
電話の向こうで、老舗工務店の社長が珍しく慌てた様子だった。
朝の湿気でくるくると丸まった登記簿を睨みながら、嫌な予感が胸をよぎる。

サトウさんの無機質な指摘

「この買戻特約、行使された記録がどこにもありません」
朝一番で登記簿の写しを見たサトウさんが、冷静に言い放った。
コーヒーの湯気すら凍るような静寂の中、俺は思わず額の汗を拭った。

買戻特約という罠

古びた契約書に記された一文

昭和の香りが残る契約書には、「売主は○○年以内に買戻す権利を有する」とだけ書かれていた。
ただし、その期限が今年の春で切れていた。
にもかかわらず、土地は再び旧所有者の名義に戻っている。

登記簿の余白に残された空白

補足の登記原因欄には何も書かれていなかった。
あまりに不自然な空白、まるで名探偵コナンで一コマだけ抜けているような違和感。
俺の中のアラームがけたたましく鳴る。

訪ねた老婦人の言葉

「あの土地はウチのものだよ」

名義上の元所有者である老婦人は、平然とした顔でそう言った。
「お父さんが買戻すって決めてたの。ずっと家族で待ってたのよ」
記憶か願望か、それとも演技か。真実は彼女の皺に隠れている。

言質の奥にある不安定な記憶

「でもね、そのとき誰かが…先生だったかしら? 何か書類に押してたのよ」
何かが引っかかる。
俺は無意識にポケットの中で、昔の印鑑を握っていた。

二重登記の可能性

誰が本当の権利者か

再取得後の登記がなぜか旧所有者の名義になっていた。
しかも、買主は一切登記変更を求めていないと言う。
これは、誰かが勝手に動いたということか?

古い司法書士の記録が語る過去

10年前の登記申請書控えが、別の司法書士からファクスで届いた。
その筆跡は、俺が昔勤めていた事務所の先輩のものだった。
「あの人、買戻のこと気にしてたな…」記憶の奥が疼き始める。

契約書の行間を読む

買戻条件の真意

買戻特約には但し書きがあった。
「登記名義の変更は、売主による申出および買主の承諾を要す」
つまり、名義変更がされたなら、どこかに承諾があるはずだった。

サザエさん方式の解決策

「つまりこの登記、波平さんが勝手に名義を戻してたようなもんです」
そう言ったサトウさんの口元が、かすかに笑った気がした。
カツオくんみたいに、うっかり書類を出した可能性がある、と俺は苦笑した。

サトウさんの反撃

保存文書に残された決定的証拠

サトウさんが見つけた旧申請書の裏面には、買主の「承諾書」がコピーされていた。
しかし、それは修正液で一部が塗り潰され、日付が改ざんされていた。
「やれやれ、、、またこういう小細工か」

封筒の端に記された旧元号

不自然に切られた封筒の裏に「平成31年4月」とあった。
それが改ざん前の承諾書の日付で、現在の登記と整合しない。
つまり、登記は不法行為に基づいていた可能性が高い。

土地が戻った理由

借金と保証人の罠

聞き込みの結果、老婦人の家族が借金の担保として土地を戻すよう画策していたと判明。
買戻特約を盾に、強引に名義を操作したらしい。
法の隙間を突いた、古典的だが悪質な手口だった。

やれやれ、、、結局こうなるか

まるでルパン三世のように巧妙に仕組まれた登記詐欺。
ただし、我々の方が一枚上手だったようだ。
事実関係を整理し、訂正登記を入れる準備に入った。

登記原因の真実

買戻権は行使されたのか

結論から言えば、買戻権は形式的には期限切れ。
だが、買主の承諾書を偽造し、過去に遡って行使されたように見せかけていた。
すべては、土地を担保に入れるための布石だった。

意図された沈黙の構図

誰も買戻権を行使したとは口にしない。
買主はすでに高齢で認知症気味、家族も詳細を知らないフリ。
だが、書類は語る。沈黙がすべてを語っていた。

真犯人は司法書士か依頼人か

署名の筆跡が示す方向

筆跡鑑定を行った結果、承諾書の筆跡は買主のものでなかった。
おそらく、司法書士が依頼人に言われるがままに作成したものだろう。
俺はその名前を見て、昔の知人の顔を思い出した。

あえて放置された押印欄

承諾書には、あえて押印がなかった。
おそらく「筆跡なら言い逃れできる」とでも思ったのだろう。
だが、登記というのはそんなに甘くない。

事件は静かに解決へ

誰も訴えず誰も裁かれず

結局、当事者たちは和解を選んだ。
司法書士は引退し、土地は元の買主名義に戻された。
静かな結末だが、司法の隙間に光を当てられたと思いたい。

登記は正しく修正された

「終わりましたよ、先生」
ファイルを閉じるサトウさんの手が、どこか安心しているように見えた。
俺は大きく伸びをして、心の中でつぶやいた。「やれやれ、、、」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓