忘れられた戸籍
依頼人の不審な来訪
事務所のドアが重々しく開いたのは、梅雨の明けた午後だった。スーツ姿の男は、目を合わせようとせず、机の上に一枚の戸籍謄本を置いた。 「これ……俺のじゃないと思うんです」——そう言った彼の声は、まるで自分自身の存在すら疑っているかのようだった。
変更された本籍地の謎
戸籍を確認すると、本籍地は四国の山奥にあるとある村。そこには彼の出生の記録が残されていたが、奇妙なことに、彼の記憶と一致しない。 「この村、行ったこともないんです。そもそも両親は東京出身で……」——彼の不安は、戸籍という国家の記録に対してさえ勝っていた。
サトウさんの違和感
書類の不一致
机に向かっていたサトウさんが、眉間にしわを寄せた。 「出生届と住民票の記録、微妙に日付がずれています。故意に操作されてる可能性があります」 サザエさんのカツオがテストの点数をごまかすようなズレだったが、こちらは笑えない。
戸籍謄本の空欄
さらに不思議な点は、母親の氏名の欄が空白であったことだ。 「誰がここを消したのか、もしくは最初から書かなかったのか……」 司法書士としての本能が警鐘を鳴らす。戸籍における“空白”ほど重いものはない。
本籍地を訪ねて
廃村と記憶の断片
休日を使って訪ねたその本籍地は、地図からほとんど消されかけていた。 木造の家々が朽ち、郵便受けには数年前の日付のチラシが残っていた。まるで“誰か”が来るのを待っていたようだった。
戸籍係の証言
地元の役場で話を聞くと、若い女性の職員が妙な話をした。 「昔ここで、名前を持たない赤ん坊が一人捨てられてたって記録があります。でも……誰かがその記録を消してるみたいなんです」 彼女の言葉は、ぼくの背中を冷たくした。
戸籍の裏に潜むもの
不動産登記との接点
戻って調べ直すと、その土地にはかつて大きな開発計画が持ち上がっていたことが分かった。 計画は頓挫したが、土地の名義は一度「山本清志」という名義を経由していた。 その名は、依頼人の戸籍に“実父”として記されていた。
遺産相続の不協和音
どうやら依頼人の存在そのものが、相続争いを回避するために“作られた”人物だったようだ。 戸籍の上では“実在”し、実際には誰かの影として生きていた。 まるでルパン三世が変装した姿のように、顔の裏にはもう一つの顔が隠れていた。
司法書士の推理
捨てられた姓と名
戸籍の隙間に隠された意図をつなぎ合わせると、一つの図が見えてくる。 戸籍を操作するには、内側に手を加える者と、外から目を逸らさせる者がいる。 「これは……二重の工作だな。やれやれ、、、俺の仕事、どこまで拡がるんだか」
やれやれ、、、ついに核心だ
結局のところ、“彼”は相続のためだけに存在させられた戸籍上の存在だった。 だが彼は実在する。過去も、戸籍も、偽物でも彼がそれを生きてきたのなら、本物だ。 やれやれ、、、人の人生を帳簿で決められる世界は、やっぱり肌に合わない。
サトウさんの反撃
偽装された住所履歴
「この履歴、転居が多すぎます。しかもどれも郵便が届いてない」 サトウさんが突きつけたのは、国勢調査でも引っかからない幽霊のような移転記録。 偽装の精度が高いほど、どこかに必ずほころびがある。
もう一つの戸籍の存在
「見つけました。別の自治体に、同姓同名同生年月日の記録。指名手配歴あり」 もう一人の“彼”が、別の本籍で生きていた。 それは“兄”なのか“過去”なのか、それとも単なる嘘の鏡像なのか。
真相と結末
二つの人生を生きた男
結局、彼は兄の戸籍と自分の存在を混同させられていた。 兄は罪を逃れ、弟はその影として一生を過ごすはずだった。 司法書士として、この事実を告げることは酷だったが、彼は黙って聞いていた。
本籍地に立っていたのは誰か
最後に彼とともに廃村を訪ねたとき、彼は言った。 「俺、ここで生まれてたのかもな……なんか懐かしい」 廃墟の前に立つ彼の姿は、確かに本籍地に“立っていた”。過去も嘘も、すべて引き受けたその影として。