登記簿に書かれなかった名前
いつも通りの静かな午前
コーヒーの香りが漂う事務所で、いつものように書類に目を通していた。外は薄曇りで、夏の陽気もどこか影を潜めている。静かな朝だと思った、その時までは。
不自然な委任状の依頼
年配の女性がふらりと現れ、「相続登記をお願いしたいんです」と言った。差し出された委任状を手に取った瞬間、違和感が走った。委任者の名前に見覚えがあったが、どこかおかしい。
登記簿に潜む小さな異変
登記事項証明書を確認すると、確かに女性の言う土地の所有者名が記されていた。しかし、どこかで見たときと微妙に違う。まるで「ゴミ取り線」が見えないレベルの誤記のような、、、いや、もっと故意的な何か。
誤記か改ざんかそれとも
登記官のミスか、それとも誰かが意図して誤記を利用したのか。司法書士歴20年とはいえ、ここまで微妙な揺れは初めてだった。しかも所有者の「芳田」と「芳太」、、、似てるが別人だ。
サトウさんの鋭い観察
「シンドウ先生、これ、印影も違います」サトウさんが淡々と言いながら朱肉をライトにかざす。間違いない、印鑑の陰影が微妙に異なる。「やっぱりおかしいですね、これは誰かが仕組んでます」
忘れられた印影の謎
倉庫から引っ張り出してきた十年前の委任状の写しと、今回のものを見比べた。印影は似て非なるもの。持ち主が変わったか、あるいは偽造されたのか。どちらにしても、誰かが“本物”を隠している。
法務局とのすれ違い
法務局に問い合わせても、「記録上は間違いありません」との一点張り。だがこちらには証拠がある。登記の世界では数字と印影がすべてだ。これは、システムを逆手に取った犯罪の匂いがする。
二重登記の可能性
過去の登記簿をたどると、5年前に一度、別名義での登記が申請されていた履歴が浮かんできた。が、却下されている。不思議なことに、その名義が今回の依頼者の旧姓と一致していた。
過去の事件との奇妙な符合
ふと記憶が蘇る。5年前、同じく登記官の誤記でトラブルになった土地トラブルがあった。あのときも、相続を偽った“身内”が、微妙に似た名前で登記申請をしていた。まるで再放送のようだった。
隠された真の依頼人
依頼者の「姪」と名乗った女性が実は他人であることが判明したのは、地元の喫茶店で元の所有者の娘に会ってからだった。「そんな人、知らないわよ」と言われて、背筋が凍った。
サザエさん一家との比較が頭をよぎる
「まるでカツオがサザエのふりして土地を売ろうとしてるようなもんですよ」と冗談交じりに言ったら、サトウさんが鼻で笑った。そうだ、家庭の中の信頼が逆手に取られたんだ。そこに落とし穴があった。
サトウさんの冷たい推理
「偽造印影、登記官の見逃し、委任状の筆跡。すべて一致します。完全な計画犯ですね」とサトウさん。僕の出番がないくらい、全容が見えていた。でも、最後の一手だけは俺に任せてもらう。
やれやれ、、、ここまでか
役場に持ち込んだ証拠一式を前に、偽の依頼者は黙り込んだ。「なぜこんなことを」と問いただすと、「本当にその土地が欲しかっただけ」とつぶやいた。やれやれ、、、それなら正攻法でやればよかったのに。
判子が語る最後の真相
事件後、依頼者の本当の姪から感謝の手紙が届いた。判子ひとつで人生が狂う、そんな時代でもある。コーヒーを啜りながら、俺は今日もまた登記簿とにらめっこだ。あの誤記がなければ、真相は永遠に闇だった。