名義人は誰か

名義人は誰か

名義人は誰か

朝のコーヒーと奇妙な電話

朝の静けさを破るように、事務所の電話がけたたましく鳴った。僕は湯気の立つコーヒーを片手に、受話器を取った。 「登記簿に私の名前がないんです」――女性の切迫した声が、受話器越しに飛び込んできた。

名義が消えた登記簿

依頼者の持ってきた登記簿を見て、僕は目を疑った。確かに、数年前に所有権移転登記がされているはずの物件に、該当する名義人がいない。 その代わり、登記名義人欄には、聞いたこともない名前が載っていた。架空名義か?不正登記か?

サトウさんの冷たい一言

「シンドウさん、最近登記簿も読めなくなりましたか?」サトウさんはパソコン越しに眼鏡を押し上げた。 その塩対応はいつも通りだったが、彼女の言葉にはいつも核心がある。 彼女が指差したのは、備考欄に小さく書かれた「地番変更」の一文だった。

二人の依頼人の矛盾

その日の午後、もう一人の男が事務所に現れた。「その土地は俺の名義です」と自信満々に言い放つ。 しかし、持参された登記識別情報通知は、どう見ても偽造されたものだった。 「サザエさんの波平が自分の頭をカツオに預けるような話だよな」と僕は内心で呟いた。

休眠担保権に潜む罠

古い登記簿を調べていると、廃業した信託会社の担保権が、未抹消のまま残っていた。 この担保権が土地の名義に影響を及ぼしている可能性が高い。 しかし、抹消登記を依頼したという記録がどこにもない。完全に“取り残された”登記だ。

鍵を握る地番変更

「地番変更後の新地番で確認したら、名義は確かに変わってました」――サトウさんが小さく頷いた。 つまり、旧地番のままで調べていたから混乱していたということか。 「やれやれ、、、地番に振り回されるのも仕事のうちか」と僕はぼやいた。

現地調査という名の迷子

地番変更の確認のため、現地へ赴いたが、案の定迷った。 スマホの地図も、法務局の図面も現地と一致しない。 近くの喫茶店で一休みしていると、常連客らしきおばあちゃんがぽつりと言った。「あそこは昔から“田中さん”の土地だよ」

登記申請書に残された違和感

戻ってから申請書類の控えを見直すと、住所表記に微妙な違いがあるのに気づいた。 丁目と番地が逆になっていたのだ。これは、登記官がミスして別の地番に登録した可能性がある。 だとすれば、真の名義人は依頼者かもしれない。

サザエさん方式の聞き込み作戦

翌日、近隣住民に聞き込みを開始した。聞き込みといえばサザエさんのマスオさん方式、 笑顔で世間話を混ぜながら、核心に迫る。 「そういえば、昔あの土地、名義貸しで揉めてたわよ」と、隣家の奥さんが貴重な情報をくれた。

遺言か売買か

過去の登記原因を調べると、数年前に「遺贈」による所有権移転がされていた。 だが、その被相続人の戸籍には、そんな遺言の存在は確認できなかった。 つまり、その遺言書は“偽造”されていた可能性がある。

真の所有者は誰か

資料と聞き込み結果を照らし合わせ、最終的に見えてきた構図はこうだ。 偽造遺言書により名義を得た第三者が、売買を経て地番変更後の登記を成立させていた。 だが、最初の名義移転自体が無効であるなら、すべては砂上の楼閣だ。

過去の登記と未来の争い

この件は、民事訴訟になれば長期戦になる可能性がある。 しかし、法的根拠は整った。依頼者には、そのことを淡々と伝えた。 僕の役目は「真実」を紙の上に写し出すこと。それだけだ。

やれやれ、、、と嘆く午後三時

午後三時、ようやく書類がまとまり、コーヒーに手を伸ばしたそのとき、サトウさんの一言。 「間違って旧登記簿送っちゃってませんか?」 やれやれ、、、僕の仕事は、いつになったら終わるのか。

サトウさんの推理と小さな決断

結局、最後に大事な一文を補正してくれたのはサトウさんだった。 「司法書士って、ちゃんと地味に凄いですよね」と彼女がポツリと漏らした。 ……いや、それは多分皮肉だ。

名義人が語った最後の言葉

数日後、真の名義人が事務所にやってきた。「ようやく、取り戻せました」 その目には安堵と少しの涙が浮かんでいた。 僕はただ一言だけ返した。「じゃあ、登記費用のお支払いを、、、」

司法書士は知っていた

事件が終わったあと、サトウさんがぽつりと呟いた。 「なんだかんだで、最後はうまくまとめますね」 いやいや、知っていたのではない。ただ、間違いに気づくのが人より少し遅かっただけだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓