朝一番の違和感
いつものように始まった静かな朝
事務所に流れるコーヒーの香りとプリンターの音。平凡な一日になるはずだった。 ところが、鳴った電話の相手は地元の不動産業者。開口一番、彼はこう言った。「登記申請が通らないって言われたんですよ」。 ああ、またか。そう思いながらも、嫌な胸騒ぎがした。
サトウさんの塩対応と書類の謎
届いた書類に何かがおかしい
ファックスで届いた申請書の写しを、サトウさんが黙って眺めている。数分後、彼女は小さく首をかしげた。 「この人、本当に生きてるんですか?」その一言に、コーヒーを吹きそうになった。 書類の名義人は、登記簿上は存命のはずだった。しかし、戸籍には見当たらない。
所有者不明土地という沼
登記簿にあるのに現実にいない名義人
土地の権利書を追っていくと、あるはずの相続登記が一つ抜けていた。 まるで「幽霊屋敷」のような土地だった。名義だけが残され、中身は空洞。 まさに法律上の幽霊──そんな土地が現実にあるのだ。
名義は生きていたのか死んでいたのか
死亡届の不在が語るもの
市役所に問い合わせると、名義人の死亡記録はなかった。ただし最後の住民票移動は昭和58年。 不気味な沈黙がそこに横たわる。これでは「ルパン三世」の偽名のほうがまだ信頼できそうだ。 「やれやれ、、、」ため息をつきながら、調査を続けるしかなかった。
書類の筆跡と不自然な署名
サトウさんが気づいた手癖
彼女はじっと署名欄を見ていた。「この“カ”の書き方、ちょっとクセがありますね」 拡大コピーしてみると、過去に別件で関与した土地の名義と同一人物の可能性が浮かび上がる。 まるで「名探偵コナン」の犯人がいつも同じ顔に見えるような、既視感だった。
やれやれ、、、役所の対応は今日も鈍い
証拠を突きつけてもなお渋る窓口
法務局の職員は、こちらの資料を前に「しかし、これは証明にならない」と繰り返すだけ。 こちらとしては古文書レベルの資料を集めてきたのに、まるで赤塚不二夫の「おそ松さん」に出てくるデカパン刑事のような対応。 シンドウはやりきれない気持ちで帰路に着いた。
地主の息子が語った真実
過去の相続と未処理の事情
ようやく見つけた地主の息子は、70代の穏やかな男性だった。 「父は急に亡くなってね。登記のことなんて、何も分からんかった」と語るその顔は、どこか後悔に満ちていた。 未登記のまま相続が流れ、土地だけが時間に取り残されたのだった。
すべては一通の登記申請から
見落とされた手続きの罠
そもそも今回のトラブルは、売買契約後に提出された登記申請の中に「旧名義人」の印鑑証明が添付されていたことが発端だった。 だがそれは、古物商が何度も転売していたことで混乱していたことが判明。 サトウさんの静かな指摘が、最後の糸口を導いた。
名義貸しの末路と相続の闇
見せかけの名義と真の所有者
問題の土地は、実際には地元の暴力団のフロント企業に渡っていた。 不動産登記は、その世界でも都合のよい「隠れ蓑」として使われていたのだ。 結局、名義を操っていたのは、元の所有者の兄──死亡した名義人になりすましていたのだった。
サトウさんの冷静な一言
時間を止めた印鑑
「この印鑑、昭和の型ですね。最近では見かけません」その指摘により、名義偽装が確定的となった。 公安も絡む話となり、シンドウは少しだけ背筋を伸ばす。 「珍しく、僕がヒーローになれそうですね」そう言うと、サトウさんは無言で冷たいコーヒーを差し出した。
シンドウのうっかりが解決の鍵に
誤って送ったメールの宛先
実はシンドウが、誤送信したメールが、関係者の弁護士に届いてしまっていた。 ところがそれが決定的な証拠となり、相手側が自白を始めたのだ。 「……結果オーライ、ですよね?」と笑うと、サトウさんは「事故です」と言い放った。
登記官との静かな対決
正しさを通すということ
提出された訂正申請は、一度は突き返されたが、証拠資料と説明を重ねた末、ようやく受理された。 不正は正され、土地の名義は正当な相続人のもとへ戻った。 沈黙の登記官が、最後に小さくうなずいたのが印象的だった。
名義は戻されたが
空き地に響く風の音
正しく登記された土地は、しかし誰も使うことなく放置されたままだった。 人が関わらなくなった土地は、まるでそこに時間だけが取り残されているようだった。 「誰も欲しがらない土地なんて、あるんだな」シンドウはつぶやいた。
夕暮れの事務所で
戻る日常と冷めたコーヒー
事件は解決し、依頼人にも感謝された。けれどそれは、誰も知らない静かな勝利。 サトウさんが再びコーヒーを淹れようとして、言った。「今日は甘くしますか?」 「うん、砂糖多めで……今日は、少し疲れたから」